木曽川開発の歴史

 

川上貞奴

川上貞奴(本名・小山貞)

明治4年 東京生まれ。幼少より才女の誉れ高く、美貌で諸芸に優れ、伊藤博文などの明治の元勲のひいきをうける。明治27年 川上音二郎と結婚。同32年、女優貞奴となり、米、仏、英、ロシアで名声を博す。仏政府よりオフィシェ・ド・アカデミー勲章受賞。大正6年引退。

昭和8年岐阜県各務原市に貞照寺を建立。同21年熱海の別荘で死去。享年76歳。

<桃介記念館>wpe1.jpg (5204 バイト)

読書発電所建設に伴い桃介が別荘として建てたもの。女優貞奴の写真や遺品、資料が展示されている。

(長野県木曽郡南木曽町)

<成田山貞照寺>wpe5F.jpg (2443 バイト)

貞奴が自ら不動明王をまつるため、私財を投じて昭和8年に開創したもの。

(岐阜県各務原市)

 

<桃介と貞奴>wpe5C.jpg (1945 バイト)

貞奴とは、明治、大正を通じて、才色兼備の女優で荘土芝居、特にオッペケー節で有名な川上音二郎の妻。芸者時代から桃介の人格に心酔していた貞奴は、音二郎の没後、桃介に再び尊敬の念を抱き、大井ダム建設に協力。実業の鬼・桃介の一生にさらに一輪の花を添えました。貞奴も福沢桃介同様木曽川を深く愛していました。

 

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