まだ誰も知らない新しい物や技術、行ったことのない外国や未来の世界について、見てみたい!触れてみたい!と思ったことはないかな?そんなみんなの思いをかなえられるのが、「万博(ばんぱく)」という世界的な規模で行われるイベントなんだ。

万博の歴史

「万博(ばんぱく)」とは、「万国博覧会(ばんこくはくらんかい)」を略した言葉で、「人間の活動に必要なものの実現に向け、進歩してきたことや、将来の見通しを示すためのイベント」のことをいうんだ。

それでは、万博の歴史について見てみよう。
万博の歴史は1851年、イギリスのロンドンから始まったんだ。イベント会場として、鉄の柱とガラスでできた「水晶宮(すいしょうきゅう)」と呼ばれる大きくて美しい建物が作られ、おもにイギリスが作った機械や薬品、焼き物などの芸術品が展示されたんだよ。

万博は、「万国」という言葉が示すとおり、世界中のいろいろな国が参加するものなんだ。では、日本が万博に参加したのはいつからなんだろう?
それは、1867年の「第2回パリ万博」で「徳川幕府(とくがわばくふ)」と、現在の佐賀県にあたる「鍋島藩(なべしまはん)」、鹿児島県にあたる「薩摩藩(さつまはん)」の3つに分かれて参加していたんだ。そして、1873年にオーストリアで開かれた「ウィーン万博」で、初めて「日本国」として参加することができたんだ。
では、日本で初めて万博が開かれたのは、いつ、どこだったか、わかるかな?

日本で開催された万博

日本で初めて開かれた万博は、1970年の「日本万国博覧会」なんだ。大阪で開かれた万博だったことから「大阪万博」と呼ばれているよ。大阪万博は大阪府吹田市の「万博記念公園」がある場所で開かれ。公園のシンボルになっている「太陽の塔」は、大阪万博のシンボルとして作られたものなんだよ。

大阪万博は、1970年(昭和45年)3月15日~9月13日までの183日間開かれていて、77の国と4つの国際機関(こくさいきかん)が参加する万博だったんだ。会場内には、116もの展示館(てんじかん)が建てられ、国や団体ごとに工夫を凝らした展示が行われていたんだ。入場者数は、なんと約6,400万人にもなったんだよ。

■大阪万博の目玉

たくさんの展示館やイベントの中で、とくに注目を集めていたのが、アメリカ館の「宇宙開発展(うちゅうかいはつてん)」という展示だったんだ。そこには、アメリカの宇宙飛行士(うちゅうひこうし)が月から持ち帰った「月の石」などが展示されていて、毎日たくさんの人が長い行列を作っていたんだ。人が宇宙や月に行くということは、当時はまさに「夢のようなこと」だったから、大きな注目を集めていたんだね。

大阪万博が開かれていた当時、「夢のエネルギー」といわれていたのが、原子力発電(げんしりょくはつでん)で作られた電気だったんだ。日本は経済が大きく成長している途中で、たくさんの石油や石炭などから電気を作っても、十分に足りてはいなかったんだ。そんなとき、「ウラン」という燃料をたった1グラム使うだけで、石炭なら3トン分、石油なら2,000リットル分の電気を作ることができる原子力発電への期待が高まっていたんだ。

1970年8月8日の午前11時過ぎ、福井県美浜町にある関西電力美浜発電所で作られた電気が、約170km先にある大阪万博の会場に送り届けられることになったんだ。これは、美浜発電所から初めて送り出される電気で、会場に電気が届いた午前11時21分には、大きな電光掲示板(でんこうけいじばん)に「本日、関西電力の美浜発電所から 原子力の電気が万国博会場に試送電されてきました。」と表示されたんだ。そのときから、「夢のエネルギー」といわれてきた「原子の灯(ひ)」が、現実のものとして利用されるようになったんだ。

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