対談 【藤井 聡×平野未来】防災・減災─「レジリエントな日本」を考える
対談
2023.8.31

対談 【藤井 聡×平野未来】防災・減災─「レジリエントな日本」を考える

市場原理だけでは強靱性は確保できない。
解決策としての「構造的方略」と「心理戦略」

平野未来 写真

平野 強靱化対策は、災害の頻度によって変わるのではないでしょうか。数百年に一度の災害への対応は、資本主義の世界ではさほど考えなくていいですが、これから毎年大災害が起きるとなると、対応は変えざるを得ません。

藤井 しかし毎年災害が起こるまで強靱化せずに待っていたら、間に合わないし、マーケットが災害リスクを織り込むまで待っていては、命がもちません。まず必要なのは政治的意思。人類は災害リスクに、マーケットでなくガバナンスで対峙してきました。市場に任せるより政治の力で強靱化投資を進める。要はマーケットとガバナンスのバランスが大事だということです。資本主義は資本主義でも、ガバナンスを織り込んだ修正資本主義。修正の仕方が適切であれば社会は強靱化するし、不適切であれば脆弱なまま放置されます。

平野 まず国が防災領域に投資し、インセンティブをつけるなどして民間の参入を促し、将来的に回収できるスキームをつくる必要がありますね。

藤井 ええ。率直に言うと、自社の儲けだけ考えて強靱化を放置する企業に悩みはありませんが、真っ当な公益企業はジレンマに陥っています。公益性と市場性のジレンマを解くアプローチは2つ。1つはおっしゃったインセンティブや規制でゲームの構造を変える「構造的方略」。もう1つは、みんなが防災意識を持つよう働きかける「心理戦略」。現状は、喉元過ぎれば何とやらで、防災意識は風化傾向。アリとキリギリスで言えば、キリギリスを罰する法規制なり、みんながアリになる覚悟を持たせる心理戦略が必要ですが、できていないから、脆弱なまま放置されているんです。

構造的方略(structural strategy)
法的規制により非協力行動を禁止する、非協力行動の個人利益軽減を軽減させる、協力行動の個人利益を増大させる等の方略により、社会的ジレンマを創出している社会構造そのものを変革すること。

人は死ぬ、企業は潰れる、国は滅びる──
危機意識を持ち、できることから

平野 心理戦略、意識を高めるにはどうすればいいですか。

藤井 リスク心理学での答えは、自分が死ぬことを自覚すること。現代人は「死」をあまり自覚していません。前近代は大集落の大家族。お年寄りが自宅で亡くなるから、死が身近にあり、自分の死のシミュレーションができるから、危機意識を持てた。ところが今は死が隔離されています。

平野 ご遺体をメディアが映さない。

藤井 そうなんです。ヨーロッパと異なり日本では報道されていない。死を隠蔽することが、日本人の危機意識低下の原因です。
人間は誰しも死ぬんだから、もっと現代人は、自分が死ぬことを考えていいんです。これは、ハイデガーが『存在と時間』で言っています。死に対する覚悟ができていない人間は堕落して、不道徳になってしまうと。
経営者は自分の会社が潰れることを常に考えています。一方で国が滅びることは、あまり考えない。国家が滅びることを認識している政府は強いです。

平野 1匹のアリとして私にできること、すべきことを考えてしまいます。

藤井 ご専門のデジタルやAIは、災害対策に役立つのでは?

平野 AIは災害発生前、直後、復興時と大きく3つに分け、それぞれで活用できます。例えば発生前は、災害予測をした上で、誰がどこに避難すべきかを分析。高齢者や赤ちゃん連れのご家族など、避難するタイミングや場所を考慮して適切に誘導できます。発生直後は物資配布のマッチング。復興時であれば、3Dプリンターで建物を修復したり建て直すこともできるでしょう。
既に災害は大規模化・頻発化しつつあり、間に合ううちに地方自治体共通のプラットフォームをつくるなどして準備しておく必要性を感じています。この数年が勝負だと考えています。

ハイデガー(Martin Heidegger)1889-1976
ドイツの哲学者。主著『存在と時間』で、現存在(=人間)は、いずれ訪れる「死」を先駆的に覚悟することによって、あるべき本来の生を自覚できる、としている。

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