ルポ│ともに電気のある「あたりまえ」を切り拓く
ACTIVE JAPAN
2026.8.14

ルポ│ともに電気のある「あたりまえ」を切り拓く

ともに原子の灯を守り、そして未来を切り拓く——三菱重工業

1970年大阪万博の会場に原子の灯をともした1970年大阪万博の会場に原子の灯をともした

1970年、日本初の加圧水型軽水炉(PWR)の原子力発電所である関西電力 美浜発電所1号機が運転を開始し、同年8月には大阪万博の会場に原子の灯が届く。その建設に米・ウェスチングハウス社とともに日本メーカーとして携わったのが三菱重工だ。三菱重工は日本で原子力開発計画が始まった1950年代から原子力事業をスタート。ウェスチングハウス社から導入した軽水炉技術をもとに自主技術開発を進め、1972年に運転を開始した美浜2号機で悲願の国産化を実現する。現在、PWRの設計から建設、保守までを一貫して担う国内唯一のメーカーだ。
大きな転機が2011年3月に発生した東日本大震災。福島第一原子力発電所の事故を受けて2013年、耐震設計、津波対策、多重防護措置など、安全確保のための世界で最も厳しい水準の新規制基準が設けられた。「対応するため、PWRでもプラントの安全性・信頼性向上に向けた多重化・多様化、構造解析、各種試験の追加などが必要になった。求められる要件を理解し、世界一厳しいと言われる新規制基準にどう対応するか、検討課題が多く、現場の負荷は増大したが、関西電力とともにより安心・安全な電力の安定供給を実現するという思いで取り組んだ」と当時、安全対策工事の設計責任者の一人として携わった北山義隆さんは振り返る。

ともに原子の灯を守り、そして未来を切り拓く——三菱重工業

北山さんは現在、軽水炉保全プロジェクト部で既存炉のアフターサービス事業に携わる。安全性と信頼性の向上に向けて、日常的な点検や計画的な機器の取替えなど適切な保守管理を関西電力とともに実施。今夏、福井県にある関西電力 高浜発電所で蒸気発生器の取替えを行う。

ともに原子の灯を守り、そして未来を切り拓く——三菱重工業

「安定供給と脱炭素の実現に加え、準国産エネルギーとして経済安全保障も担う原子力発電は日本の産業競争力維持に不可欠な電源。原子力を取り巻く状況がどう変化しようと、現場は原子力技術を守るという思いでやってきた」と北山さん。
「万博に原子の灯を」を合言葉に実現したPWRとして日本初の営業運転開始、運転開始から40年を超える原子力発電所の運転など、関西電力とともに原子力のパイオニアとして歩んできた三菱重工。次なる一手として発電所の建て替えを見据える。国は2040年代までに2~5基程度の原子力発電所の建て替えの必要性を示しており、安全性をより高めた革新軽水炉の早期実用化へ力を注ぐ。さらにその先の将来に向けて、高速炉、高温ガス炉、小型軽水炉の開発や核融合炉の研究も進めている。三菱重工の挑戦はこれからも続く。

北山義隆
北山義隆 きたやま よしたか
三菱重工業
原子力セグメント
軽水炉保全プロジェクト部 次長
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