対談 【楠木建×山口真由】持続的成長への道筋を考える
対談
2024.1.09

対談 【楠木建×山口真由】持続的成長への道筋を考える

楠木建×山口真由

国際通貨基金(IMF)は10月、2024年の世界の実質経済成長率を2.9%と発表。日本は1.0%の見通し。バブル崩壊後、既に30年以上「失われた」と形容され続けた日本だが、新しい年の幕開けに少しは明るい明日を描けるか。日本が再び成長軌道に乗るための道筋を探った──

追い風に乗って進む大型帆船でなく、
エンジンを積み進路自由なクルーザーの時代

山口 まず、日本経済を取り巻く現状を聞かせてください。アベノミクスのとき、デフレは貨幣現象に過ぎず、貨幣の供給をどんどん増やせば日本は縮小均衡から抜けられると言われていたのですが、あの世界観は正しかったのでしょうか?

楠木 それは、各人の経済観や社会観に依ります。経済政策を行う人は、マクロ経済を相手にして、こういう刺激を与えればこういう結果が出るものだと考えるものですが、僕は企業の競争戦略という分野で仕事をしています。僕にとっては「日本経済」はある種のフィクションです。

山口 マクロというものは存在しないということですか?

楠木 集計としてしか存在しない。経済のエンジンは個別の企業。経済主体である企業の活動を集積していくと統計上、日本経済が現れる。個の集積として経済活動を捉えています。

山口 企業の集積が日本経済とすれば、法人税減税をして、規制をどんどん緩和して自由化すれば、経済成長が起きるはずというのは間違いですか。

楠木建 写真

楠木 間違ってはいない。ただ、経済が成熟した日本では、政策で動かせる範囲は高が知れています。規制撤廃は基本的に賛成ですが、それは陸上競技用にグラウンドを整備するようなもの。いくら整備しても、走る人が良くないと良いタイムは出ない。政策はリード役でなく呼び水になるだけ。
イメージ的には、高度経済成長期の経済主体は大型帆船。追い風が吹いているので、でかい帆を上げれば、風を受けて、みんな同じ方向に進む。開発経済下で経済政策は重要です。ところが今は成熟期。追い風は吹かないので、いい企業とはエンジンを積んだクルーザーです。

山口 自分の行きたいところに向かって進むと。

楠木 そうです。帆船と違いキャプテンが進路を決め、みんないろんな方向に進む。みんなが同じ方向に進んだ高度成長期が異常で、今が普通です。当時と比べると企業は多様化し、「日本企業」と一括りで議論する意味はない。

「会社=家」が日本的経営と言われるが
昭和初期は労働市場の流動性高く短期利益のみ

山口真由 写真

山口 私は専門が家族法で、家族法の研究者は、戦後日本では家制度がなくなり、高度成長期に企業が家として機能したと言います。会社=家族という価値観を持っていて、それが日本型だともてはやされました。

楠木 企業組織を擬似的な家族とみなし、終身雇用や年功序列を日本的経営だとするのは誤解です。昭和初期、日本の経営は、アメリカに学べと言っていた。日本は労働市場の流動性が高過ぎ、かつ金融財閥が強く短期的な金融の論理で動く。一方、アメリカは会社が大きな家族のように経営されていて、事実上の終身雇用。だから技能が蓄積され、ものづくりを豊かにしたと。100年も続かないものは「文化」とは言えないでしょう。

山口 へー、意外。家制度も江戸時代の武家の制度に過ぎなかったのですが、戦後の日本的経営も一時期のものだったんですね。

「遠近歪曲」に陥らず、
空間的・時間的にも正しく現実を見る

山口 とはいえ世間では高度成長期の成功体験が強烈に残っているせいか、私は物心がついた頃からずっとロストジェネレーション、ずっと日暮れの国みたいに言われてきました。海外のプラットフォーマーが勝者になっていくとき日本は取り残された。何が問題だったんでしょう。

楠木 気のせいですね。「遠近歪曲」、遠くのものは良く見えて、近くにあると粗が目立つ。凄いプラットフォーマーを生んだシリコンバレーは遠くでキラキラ目を惹くが、シリコンバレーにもひどい会社はたくさんある。また高度成長期にしてもみんなが幸せだったわけじゃない。

山口 確かに公害も起きたし格差もありましたが、なぜか人々は懐かしむ。その後の日本は生産性が上がらないと言われ続け、それなら就業率を上げようと私たちなどウーマノミクスで、専業主婦もパートタイムで働けと。私は今、完全にGDPに貢献しています。子供をベビーシッターに預けて仕事に出る。自分で子供の面倒を見て母乳で育てる分にはGDP上ゼロ。だけど誰かに預けてミルクを買っていたら、GDP上はプラス。でも周囲の圧力はキツい。高度成長期のように専業主婦でいたほうが良かったのでしょうか?

楠木 いや、高度成長期が良かったというのも遠近歪曲。良いところだけではなく、きちんと総体を見たほうがいいですよ。

家制度
江戸時代の武士階級の家父長制的な家族制度をもとに、1898年施行の明治民法に定められた家族制度。「家」を単位として1つの戸籍をつくり、戸主である家長が家族全員を絶対的な権利を持って統率する仕組み。一方で、戸主には家族全員を扶養する義務、家を維持・存続させる義務があった。1947年制度廃止。

ウーマノミクス(Woman+Economics)
女性が働き手・消費者として活躍することによる経済の活性化。

企業が達成すべきは長期利益、競争の中で
独自価値を創造すれば成長はついてくる

山口 では今、企業は何をすべきでしょう。企業は成長が宿命では?

楠木 経営者の立場で考えると、達成すべきは明確で、長期利益です。成長を目的にするんじゃなく、競争の中で顧客にとって独自の価値をつくる。
それが企業の長期利益をもたらす。結果として自然と成長する。どうすれば長く儲け続けられるかが、あらゆる意思決定の基準になるべきです。

山口 独自の価値というのは具体的にどういうものですか。

楠木 例えば、ファーストリテイリングは同業他社に比べ高水準で着実に長期利益を実現しています。それは数字的な結果で、経営者の意図は、ユニクロがなければ困る・悲しむ人を増やす。それが独自価値を創るということです。

山口 ユニクロが人々の生活に与える利便性、他には代え難いプラスの価値、製品やサービスを生み出すのが企業の目的というわけですね。

楠木 そうです。そして経営者が示すべきは持続的な好循環を達成する道筋、つまり競争戦略のストーリーです。

客に喜んでもらうには
企業は倫理的・社会的存在であるべき

山口 なるほど。長期利益こそ企業がめざすものだと。

楠木 ええ。ESG経営にしても、Eがダメだとお客さまが買ってくれず、Sがダメだと社員を採用できない。長期利益獲得の手段として人的資本に投資する。女性が活躍できる企業も道義的な面もありますが、人手不足のなか女性に働いて貰えないのは損です。経営者は長期的な損得でのみ動けばいいと考えています。

山口 でもESGも損得に換算するなんていう近代的発想は正しいのでしょうか。

楠木 日本近代資本主義の父・渋沢栄一は「道徳的な商売がいちばん儲かる」としています。長期で考えれば、SDGsやESGという道徳に取り組むほうが儲かるんです。

山口 企業は基本的には倫理的・社会的存在であるべきだと。

楠木 ええ。お客さまに喜んで貰うには、社会的に正しいことを行わないとダメ。だから長期利益を追求すれば、必然的にESGやSDGsは満足される。
重要なのは、それができない会社は退場すべきだということです。そうでないと新陳代謝が起きない。役割を終えた企業が、価値の創造じゃなく、会社の存続を目的に残っています。それが問題です。

山口 新陳代謝が少なく、世代交代も遅く、未だに旧い人が残っている。

楠木 旧い人は時間が経てば自然といなくなります。そこに希望があります。

SDGs

ESG経営
Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)を考慮した経営・事業活動。

渋沢栄一 1840-1931
日本の実業家。第一国立銀行を拠点に、株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れ、また『論語と算盤』で書いたように「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業に関わった。

他責、環境のせいにして日本はダメと
愚痴るのは、仕事がない人の暇潰し

山口 いい話を聞きました。私、ずっと日本は暗いと言われ続け、23年にはGDPもドイツに抜かれ、どうやって生きていくのかと。

楠木 人口1人当たりGDPで日本は下降の一途と言われますが、この尺度自体、小国が有利でルクセンブルク最強状態が25年間も継続。中国の順位なんてコスタリカより下ですよ。人口1億以上の大国でこれまでトップテンに入ったのは、アメリカと日本だけ。しかも日本は2000年前後は2位まで行った。

山口 手放しで賞賛すべきですよね。よくやった、奇跡だと。(笑)

楠木 でも当時は、不良債権処理が進まず日本はダメだと言っていた。つまり、いつも「日本はダメだ」と言いたい人たちがいるということです。じゃあ、どの国が、どの時代がいいのか。政府がいきなり経営に強権をもって介入する中国がいいのか。上司が織田信長で失敗したら殺される戦国時代がいいのかと。

山口 嫌だ嫌だ(笑)。私は今の日本がいい。

楠木 そんな話をしたがるのは、暇だから(笑)。やるべき仕事がない人の愚痴。つまり、マクロ環境他責です。まともな経営者はそんな無駄話はしないものです。価値をつくって稼ぐ本来の商売に向き合わず、外部環境に責任転嫁する人に経営者の資格はない。

山口 そんな無責任な話をする暇があるなら、一歩前に進むべきですね。

楠木 人を惹きつけるのは基本的に2つ。DXみたいな新しい飛び道具の話か、ChatGPTで仕事がなくなるという危機を煽る話。僕が以前調べたところ、戦後70年以上、ずっと仕事がなくなると言い続けています。自動化で、産業用ロボットで、コンピュータで、インターネットで、AIで、DXで、ChatGPTで仕事がなくなる。実際は、そういう人もずっと仕事をしている。焼き鳥屋でする雑談です。

GDP

個々人が自ら幸せを選ぶのが成熟社会、
電力会社も新サービスで唯一無二の存在に

山口 よくわかりました。要するに、開発段階の社会なら国家が風を吹かせて全員同じ方向に向かわせることができますが、成熟社会では共通指標を持つ必要はなく、自ら基準を設定し、それぞれの方向に歩けばいいですね。

楠木 自分にしか自分の基準はつくれない。人がつくった基準で生きることは不幸。それがマクロレベルだと全体主義になる。まずミクロな自分の生活の中で、自分にとっての幸せは何か、一旦立ち止まって考えればいい。
僕は日本の税収増大を目的に仕事をしています。企業に儲けのロジックを提供することが日本の税収アップにつながると。浜辺の砂粒みたいなもので、1人ができることは高が知れていますが、砂粒が集まって浜辺ができている。個から始める考え方は重要だと思っているんです。

山口 ミクロの集積が社会をつくる。私が今考えなきゃいけないのは、自分が幸せかどうかを整理して、経済活動で貢献したいなら貢献すればいい。子育てで貢献するなら、それもいい。そういうことを個人が周りを気にせず選択できるのが成熟社会の本来の在り方だということですね。

楠木 日本のマクロレベルのことを嘆く人には、「で、あなたは何をするのか」と聞きたいですね。突き詰めれば、人間の不幸は2つしかない。マクロには戦争、ミクロには重い病気。あとは全部気のせいです。

山口 失業も気のせいですかね。アメリカ人は失業を重く捉えないですが、日本で私、友達が失業したと聞くと、一瞬言葉を失います。

楠木 例えば日本のお百姓さんは百個くらい、小さな仕事を次から次へと行い生計を立てていました。特に中世社会では、最も自由で経済的に自立していたのはお百姓さんだったんです。

山口 随分イメージが変わりますね。では最後に現代社会に不可欠な電気をつくり届けている電力会社への提言を一言。私は価格が気になります。関西電力は発電量に占める原子力の割合が高いですよね。私は電気代が安くなるなら原子力発電もいい。

楠木 企業の存在理由は、その会社がなかったらどうなるかを考えるとわかりやすい。関西電力の独自性は原子力発電でしょう。価格もそうですし、供給の安定性や持続性の点で。そして電力自由化も進んだ今、経営者が自由意思をもって進む道を決めればいい。新たなサービスに期待したいですね。

山口 本日は楽しい話をありがとうございました。

楠木 建
楠木 建 くすのき けん
一橋ビジネススクール特任教授
1964年東京都生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、同大学ビジネススクール教授を経て2023年より現職。専門は競争戦略とイノベーション。主な著書『ストーリーとしての競争戦略』『「好き嫌い」と経営』『経営センスの論理』など。
https://www.ics.hub.hit-u.ac.jp/jp/faculty/profile/kusunoki_ken.html
山口真由
山口 真由 やまぐち まゆ
信州大学特任教授
1983年北海道生まれ。東京大学法学部卒、米ハーバード大学ロースクール卒、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。財務省、法律事務所を経て、2020年信州大学特任准教授、21年より現職。『羽鳥慎一モーニングショー』『そこまで言って委員会NP』などメディア出演多数。主な著書『リベラルという病』『挫折からのキャリア論』など。
https://www.takethink.jp/gallery/test2
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