2022年4月に開設した奈良女子大学工学部。開設の経緯や特徴を学部長の藤田盟児教授に聞いた。
長く理系女性の人気学部は看護・薬学系で、工学部は希望者が少なかったが、近年では工学部進学者中の女性割合が15%程度に上がってきており、工学部への興味関心が高まっている。これまでの工学は、より速く、より強い力でものを動かすという、いわば人間の筋肉を機械に置き換える研究をしてきたが、メカニカルな価値を追い求める工学は限界に。ソフトウエア中心の情報社会が進展するなか、これからは、人や社会に寄り添い、快適で楽しい、情動に訴えるものを創り出す「知」のエンジニアリングの時代。「知」は男女両方が参加していなければならないので、女性が活躍するフィールドが広がっている。だから、人や社会とのコミュニケーションを軸にした工学部をつくれば他大学と差別化できるのでは、と考えた。新設に向け調査を進めると、女性エンジニア不足が世界的な課題になっていることもわかった。女性の高等教育機関として開学した奈良女子大学にとって、女性エンジニア育成は使命でもある。
リベラルアーツを学んだうえで、工学の専門科目を組み込むカリキュラムが特徴。リベラルアーツとは本来、社会の中で自分らしく生きるための力を身につける手法。これを身につけてもらうため、2つの科目をつくった。1つは「自己プロデュース」。自分がやるべきことを見つけるには、社会にどんな仕事や課題があり、自分が何で貢献できるかを知らなければならない。自分の強み、弱み、趣味嗜好、好き嫌いを知り、主体的な学びを促す。
もう1つが、「批判的思考」。社会学や心理学、音楽など工学分野以外の視点で、現在の工学を批判し、課題発見に必要な思考を養う。
加えて、工学を学ぶために必要なプログラミング等の基礎科目とアートや社会科学系科目を必須とし、幅広い教養をベースに、自ら課題を発見し、イノベーションを起こす人材を育成する。
主体的な学びと研究を目的としているので、決まった学科やコースはない。ホームページには、生体工学、情報工学、環境デザイン、材料工学の4つのエリアを掲載しているが、これは教える側の学問分野をエリア分けしたもので、学生がこの中からコースを選ぶわけではない。複数分野を選択することも、途中で変更することもできるし、4エリア以外の分野は他大学や企業から指導に来てもらう体制を整えた。例えば、機械工学は、工作機械メーカーのDMG森精機の研究開発員に非常勤で来てもらう。ロボットは、大阪大学の石黒浩先生が客員教授を務める。人と日常生活の場で関わるロボットを研究する「ヒューマンロボットインタラクション」分野は、世界的には女性研究者が多く参加している。一方、日本では女性エンジニアの活躍が乏しく、このままでは世界に勝てない。本学から世界で戦える女性エンジニアを輩出していきたい。
怖いのは選択に迷い、チャレンジできない学生が出てくること。私が学生時代、ゼミ担当教授からかけられた言葉は「やってるか?頑張ってるか?」だけだったが、これではいけない。工学部の教員全員がコーチングスキルを学び、学生の意思を尊重し、個々の主体性を伸ばす指導を行う。また、課題創造力、問題解決力、コミュニケーション力、協働力など専門知識や技術以外の能力を評価するポートフォリオに基づく個別面談も実施する。これは、定員45人という少人数教育だからできること。主体性尊重でなく、放任ではないかと言われないようしっかりサポートしていく。4年後には第1期の卒業生が誕生する。この4年間は人材育成力を問われる勝負の4年間だ。