対談 [森川博之×澤谷由里子] DX、 「未来のあたりまえ」を創る
対談
2024.8.30

対談 [森川博之×澤谷由里子] DX、 「未来のあたりまえ」を創る

森川博之×澤谷由里子

「2025年までにDXを実現しなければ、日本経済に年12兆円の経済損失が生じる」、衝撃的なDXレポートを経済産業省が2018年に発表して6年が過ぎた。ITを活用し業務効率化を図る企業は増えたものの、「未来のあたりまえ」とも言える新たな価値創出はどうか。
いま改めて、DXを考える──

人口減少と技術革新を背景に進むDXだが、
欧米に比べ日本の取り組みは弱い

澤谷 本日のテーマは、「DX」です。デジタル技術はコンピュータ黎明期の1960年頃からずっと私たちの仕事や社会をアップデイトしていますが、いま改めて注目されている理由は何でしょう?

森川 人口減少社会では生産性を上げる必要があり、デジタル技術は不可欠です。2000年頃、あちこちにセンサーを埋め込んだユビキタス社会構想がありましたが、当時はセンサーが高額だった。それがスマホにセンサーが入り、価格が下がって使いやすくなり、あらゆるものがネットに繫がるIoTが大きな流れとなっています。

澤谷 確かにスマホを加えれば1人3〜4台コンピュータを持つ時代。企業においてもノーコードや市民開発など、IT部門でなく事業部門がプロセスをアップデイトしていく時代になりました。諸外国に比べ日本でDXは進んでいる? それともまだまだ? うまく進んでいる事例はありますか。

森川博之 写真

森川 欧米がDXを経営課題と認識し全社的に取り組んでいるのに比べると、日本は弱い。だけど、多様な産業セグメントを抱え各産業でDXが必要な商社はうまく進めています。一方、僕がこれから期待しているのは、地銀や信金。地方では金融機関の存在が大きく、彼らの意識が変われば、地方の中堅企業がガラッと変わる。そこをどう促すかが課題です。

澤谷 例えばふくおかフィナンシャルグループは、RPAで業務改革をするだけでなく、16年にスマホを使った金融サービス「iBank」を立ち上げた。既存システムのアップデイトと新しい価値創造を両立させ、しかもその時点でスマホで完結する「みんなの銀行」構想があったから驚きです。

ユビキタス( ubiquitous):社会や生活のあらゆるところにコンピュータが存在し、いつでもどこでも使える情報環境を表す概念。
ノーコード (no-code):ソースコードを書かずアプリケーションやWebサービスの開発を行うこと。
市民開発:IT部門やシステムエンジニアに依頼することなく、非IT人材である業務部門の社員が、ノーコードツール等でシステム開発を行うこと。
RPA( Robotic Process Automation):ロボットによる業務自動化システム。

普通の人が起点のDX、不確実性の時代には
まずやってみて、ダメなら何度でもやり直す

澤谷 DXの推進には、事業者がデジタル志向になるのか、技術者がビジネスを考えるようにするのか、どちらがいいと思いますか。

森川 僕は前者ですね。新しい価値の創出には、現場で気づく人を大勢つくって、やることを決め、必要に応じてエンジニアが一緒に動く。
日本のDXの問題は、「デジタル人材」という言葉にあります。デジタル人材というと、プログラミングができるとか、深層学習がわかるとか、技術が前面に出る。となると技術系以外の人は、関係ないわ、と。でもDXは普通の人が起点で、ツールとして技術を使う。だからデジタル人材でなく、「デジタル社会人材」として全ての人がDXを推進することが望ましい。

澤谷由里子 写真

澤谷 私は技術者が未来をつくるという考え方。技術で何が実現できるか、事業者は想像しづらいからですが、互いの歩み寄りが大事かもしれません。以前はやるべきことをキャッチアップすれば良かったが、不確実性が高まり、常に変化が起きているのが現状ですからね。

森川 どの業界もロードマップを描けず、とにかくやってみてダメだったらまたやるしかない。答えのない時代に入ってきたんです。流行りの生成AIも、何に使うか模索するしかない。チャンスは数多く転がっているが、先がわからないから、明確に方向を示せない。つらい時代になりました。

澤谷 それは起業家にとってはワクワクです。わからないときは自分がつくればいい。

パーツを組み合わせる「テトリス型経営」、
多様な人が集まる雑談の場を社内につくる

森川 僕は工学部で、技術を創って価値に繫ぐのがミッションですが、今は技術を創っても、価値獲得まで行かないんです。

澤谷 行かない? なぜ?

森川 例えばスマートシティプロジェクトは、技術はあるが、補助金がなくなれば終わりで、社会実装に至らない。結局、顧客価値まで刺さっていない。5Gも同様で、技術が進み過ぎて、そこまでは要らない、と。
じゃ、今どこで価値が生まれているか。昔は技術から価値が生まれ、それが社会に展開されたわけですが、今は「テトリス型経営」、テトリスのパーツをくるくる回転させてくっついたところに価値が生まれている。技術もノウハウも人材もパーツであり、重要なのは、これらをくっつけ、組み合わせて価値創出に繫ぐことのできる人がどれだけ大勢いるか。
重要なのは「タスク型ダイバーシティ」。ダイバーシティには、デモグラフィ型とタスク型があり、デモグラフィ型が性別や年齢、国籍など物理的な多様性。タスク型はバックグラウンドの多様性。専門分野の違う人が集まる場を意図的につくることで、新しい価値の創出に繫げる。会社でもいろんな部署の人が集まって雑談することが重要。飲み会も含め、ムダっぽいところに金をかける。全然違う人と話すと、気づく確率が上がりますから、そういうことを意図的にやればいい。

澤谷 例えばGoogleの20%ルール、仕事時間の20%は未来について考えるとか、ムダと思われる遊びの部分がない限り、閉塞感が蔓延し、新しいものは生まれない。だから専門の異なる人が集い議論する場、セレンディピティを計画的につくり出す場が必要かもしれません。
ちょっと青臭いけど、バーや居酒屋など、自分のやりたいことを気軽に話せる場があるといいですね。

スマートシティ:AI、IoTなどの新技術やデータを活用したまちづくり。
セレンディピティ(serendipity):思いがけない偶然がもたらす幸運。予想外の出会い、発見。

森川博之氏・日本経済新聞 経済教室の資料をもとに作成

望むべくは大義を貫く心のきれいな企業、
主役は利他の精神で共感力に優れる女性たち

澤谷 ではDXを活用する望ましい企業像や社会像はどんなものですか?

森川 心のきれいな企業(笑)。心のきれいな人や企業には人が集まる。いわば大義があるかどうか。テトリスのパーツも、大義がないとくっつかない。心のきれいさが重要な気がします。

澤谷 倫理的な企業でないとエコシステムも新しい価値も生めないということですね。米国企業も、倫理的なリーダー、エシカルリーダーシップを言い始めましたし。

森川 ビジネスで成功している米国企業は、成功するには与えなさいと、ビジネス倫理を学んでいるんです。日本はもともと三方良し、利他の精神があるので、得意なはずだけど、できていない。

澤谷 個人主義の米国がホンダのワイガヤに学んで、チームビルディングを行った。彼らはどんな国の文化からも学ぼうという、貪欲さがあります。

森川 大義という点で僕が期待しているのは、女性。相対的に女性のほうが大義を強く感じている。女性が加わると自分の息子、娘という次世代まで考える。

澤谷 女性は大地に足が着いているんです。科学論文でも、社会的繫がりは女性が優れているので、革新的アイデアを出すには女性をメンバーに加えよと言われています。

森川 デジタル時代は女性が主役になる。女性はうまく繫ぐことができる。例えばNTTドコモのアグリガールという部隊。スマホやタブレットと無縁だった畜産農家のお年寄りたちが今、スマホ、タブレットで彼女たちと繫がり、母牛の体温センサーを使って分娩事故を防いだりしている。彼女たちの強みは利他と共感。現場に入って一緒に泣いたり笑ったりして、畜産と技術を繫いでデジタル化を進めている。相手を回転させられるアグリガールみたいな繫ぐ人が、それぞれの企業で出てくるようになればいい。繫ぐ能力はプロフェッショナルな能力ですから、僕は繫ぐ人という職種をつくりたい。

DXは小さく始める。誰も気づかなかったことに
気づくことこそイノベーション

澤谷 でもDXによる新たな価値の創出は簡単ではないですね。

森川 DXの組織は海兵隊。陸海空の機能を凝縮し、少人数で真っ先に敵陣に攻め込む。だから死亡率は高い。新規事業はことごとく潰れていく。

澤谷 すると、最初は小さく始めるのが重要ですね。

森川 そう。イノベーションとは、すごい技術を使うことではなく、気づけば当たり前のことなのに言われるまで気づかなかった着想。P.ドラッカーによれば、イノベーションに対する最高の賛辞は「なぜ自分には思いつかなかったのか」だと。それを皆が認識し、自分も考えてみようとなればいい。
例えば四国でやっている古紙回収システム。古紙回収ボックスにセンサーとSIMカードを入れるだけで、遠隔で溜まった量を把握でき、毎日の回収が週2日で済み回収コストを大幅削減。典型的なIoTです。そこにスーパーマーケットを巻き込んだ。スーパーの駐車場に古紙回収ボックスを設置して、お客さまが持参した古紙の量に応じてスーパーのポイントをつけるようにした。言われてみたら誰でも思いつくし、誰でもできる。こういうイノベーションが日本各地に出現すれば、DXが本物になる。

澤谷 エフェクチュエーション、今できることを考える、わけですね。

森川 ええ。英国のフィンテックベンチャーは、英国パブが銀行窓口的対応だとどうなるかを映像で見せた。コーヒーを注文するには番号札を取り、待ち時間にアンケートを書かされ、自分の番が来て注文すると、担当者を呼ぶからと待たされ、最後、代金支払いではコーヒー代に加え手数料まで取られて、遂に客が怒り出す。これを見たら銀行の窓口業務の非効率性がわかるが、見るまで気づかない。固定観念、既成概念に囚われている。

澤谷 違和感を感じる、変だと思うところにヒントがある。DXも、最初から大がかりにせず、もっと小さくDXエブリディ。毎日やって広げていければいい。

森川 それがDXの本質。技術ではない。技術は詳しい人に聞けばいいし、ツールだから使えばいい。

澤谷 すると、人・組織や風土といったソフト面がすごく重要ですね。そして小さく始める。失敗してもいいし、失敗から学べばいい。
私が期待したいのは若い人の発想力。マネジャーは、部下が変なことを言ってきたら、とりあえず面白いね、と受け入れ、自分がわからないなら他の部署に繫ぐ。彼らは将来の起業家になるかもしれない。だから会社としては、社内起業家を何人育てたかをマネジャーの評価指標にすればいい。自分が変だなと思ったときこそチャンス。そもそも中間管理職は既存仕事に終始するのではなく、会社全体を俯瞰して見渡し、アイデアを新しい事業に育てることが本来の仕事。DXも中間管理職の仕事です。
将来、AIが人間を超えるのでは、とよく言われますが、それはあり得ない。自動化できる領域はもちろんありますが、意思決定は必ず人間が行う。自分たちは何のために生きていて、どんな社会を創りたいかは、機械や技術にはわからないから、人間が自分で考え続けなければいけない。その意味ではみんな哲学的な思考を深めていくのかもしれない。

DXを推進するための企業文化・風土の現状

エフェクチュエーション( effectuation):新しいことに挑戦するとき必要なものは、新たに見つけるのでなく、既に持っていると考える思考プロセスや行動様式。

変わらない使命を守るために変わり続け
「未来のあたりまえ」を創る

澤谷 最後に、エネルギー事業者にどういうDXを望みますか。

森川 電力会社はデジタル技術を使う現場の宝庫です。電力会社には、堅いインフラ部門と柔らかいイノベーション部門が併存しており、インフラ部門の変わりたくない人も、「変わらないために変わり続ける」ことが必要。つまり安定供給を守る使命は変えてはいけないが、時代が変わっていくからやり方等は変わり続けないといけない。テトリスのパーツのように回転して変わるわけで、回転させるのが繫ぐ人。アグリガールのような繫ぐ女性が電力会社にもいるはずだから、もっと活躍してほしいですね。

澤谷 エネルギー事業者は変わらない使命のために変わり続けるとともに、「未来のあたりまえ」を創り出していただきたい。つまりインフラ部隊は今の仕事をしっかりアップデイトし、イノベーション部隊は強い思いを持って未来の価値創出に挑む。それには、変な人が大勢集い、自由に喋ってアイデアを練り上げる場・居酒屋をつくって、人と人、アイデアや技術をどんどん繫いでいく。そうして社内外の多様な人と関係性が深まり、素晴らしい未来価値「未来のあたりまえ」が創られることを期待しています。
本日は刺激的な話をありがとうございました。

関西電力グループ経営理念
森川 博之
森川 博之 もりかわ ひろゆき
東京大学大学院工学系研究科教授
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。2006年より現職。専門はDX、無線通信、6G、情報社会デザインなど。情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長、総務省情報通信審議会部会長、XGモバイル推進フォーラム代表、OECDデジタル経済政策委員会副議長、電子情報通信学会会長などを兼務・歴任。著書『データ・ドリブン・エコノミー』『5G』など。
澤谷 由里子
澤谷 由里子 さわたに ゆりこ
名古屋商科大学ビジネススクール教授
東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻修了、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。日本IBM東京基礎研究所、科学技術振興機構サービス科学プログラムフェロー、早稲田大学教授などを経て、2018年より現職。経済産業省産業構造審議会商務流通情報分科会「情報経済小委員会」委員、「攻めのIT投資評価指標策定委員会」委員など歴任
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