2025年大阪・関西万博に向け、水素燃料電池船を走らせるプロジェクトが動き始めている。水素燃料電池船の実用化はどこまで進んでいるのか?2016年から開発に携わる大出剛・東京海洋大学教授に現状と今後の見通しを聞いた。
万博で商用運航を目指す水素燃料電池船イメージ
船底に設置されたモーター
現在の水素燃料電池船は水素燃料電池を搭載し水素を燃料にして動く船。水素と空気中の酸素を反応させて電気をつくり走らせる。電気を動力源とするので、重油などを燃料とする船と違い、航行時にCO2を排出しないのが最大の特徴だ。また、エンジンの代わりにモーターを使うので、騒音や振動が少なく、保守・メンテナンスが簡単になる。
国内では商用運航しているものはまだない。水素燃料電池船自体は実験運航が可能なものができており、東京海洋大学では2010年から電池推進船と水素燃料電池船の実証実験を実施している。らいちょうNは本学電池推進船の3隻目の実験船で、動力源は燃料電池とリチウムイオン電池のハイブリッド型。遠隔操船が可能なシステムを搭載し、最大40人まで乗船できる。現在は実用化に向け、実証試験を行っている。
まだ簡単にはいかない。安全に関するガイドラインも整備中でありバンカリング(船への燃料供給)も規則がまだ定まっていない。運用課題のひとつとして水素のエネルギー密度が低いことがあげられる。重油など化石燃料で運行する船舶は数週間分程度の燃料を積めるが、水素を燃料にした場合、タンクのスペースや重量を考慮すると1日分積めるかどうかである。よって頻繁にバンカリングを行うことになり、いつ、どこで、どのようにバンカリングするか制御しなければ商用運航はできない。らいちょうNはEV車5台分のリチウムイオン電池約150kWh、30kWの出力を持つ燃料電池と水素21Nm3(1.9kg)を積んでいるが、万博で商用運航を目指す旅客船は燃料電池の出力も水素の搭載量も1桁大きなものになるので、船舶と陸上インフラが連携したバンカリングシステムの構築が不可欠だ。
東京海洋大学内ポンドに停泊する実験船「らいちょうN」
船は搭載量や天候の状態などによってエネルギー消費量が変化する。あらゆる条件を考えて、タイミングよく船にエネルギーを供給できるしくみが必要。水素燃料電池船の運航状況・燃料残量とそれに対応する陸上の水素供給基地の状況をコネクトすることで「見える化」し、スムーズなバンカリングを実現するシステムの構築を検討している。
複数の水素燃料電池船が運航するには、かなり複雑で高度なシステムが必要だ。最先端技術をどんどん取り入れつくっていきたい。
世界の船舶が出しているCO2はドイツ1国分の排出量に相当する。国際海事機関(IMO)は2050年までに国際海運に関連するCO2排出量を半減させ、21世紀中にはゼロにする目標を示しており、海上輸送分野もゼロカーボン化が進んでいくだろう。とはいえ、船舶は、モビリティのなかでもゼロカーボン化が難しい分野。船は常に水の抵抗を受けているので航行するには多くのエネルギーが必要。船の大きさによって燃料形態は変わると考えられている。小型・中型船舶は燃料電池と各種電池の組み合わせで電化できるが、コンテナ船のような大きな船舶はアンモニアや合成メタンなどを内燃機関で使用する研究が進められている。現在、商用運航可能な100トンクラスの水素燃料電池船の普及を目指している。
船に積まれた水素ボンベ
まだまだ解決すべき課題がたくさんある。船舶ではエネルギー源が化石燃料から電気、水素、アンモニア、合成メタンなどに変化していく。当然エネルギーの性質、コスト、使い勝手も変わっていき、従来とは異なる交通システムに変化することになる。現状での水素燃料電池船の商用運航においても燃料コストが上がるが「ゼロカーボン化のために赤字になっても導入してください」というわけにはいかない。事業者が許容できる運航コストにしていくため、電気や水素運用のしくみづくりも必要。これまでの研究成果を生かしながら、環境や技術が変化するなかで最適な方法を取り入れ、ゼロカーボン化に貢献していきたい。
(インタビュー:2021年2月26日)