関西電力の歴史

関電スピリッツを培ってきた数々のプロジェクトを振り返る。

切り拓く未来 ~再生可能エネルギーの導入に向けて~

日本は、オイルショックを経験したことで、エネルギー調達を石油に依存し過ぎることのリスクの大きさを痛感した。火力発電以外の発電にも目を向け、エネルギーの供給方法を多様化していくことが、官民に共通した目標となった。なかでも太陽光発電には大きな期待がかけられ、1974年に策定された“サンシャイン計画”(※1)に基づき技術開発が進められた。

1980年にはNEDO(新エネルギー総合開発機構)が創設されるとともに、個人の住宅へのソーラーシステム設置を低利融資で支援する制度がスタートするなど、太陽光発電の普及が少しずつ前進。1997年の京都議定書以降、高まるCO2削減への動きのなかで、太陽光発電は常に一定の注目を浴び続けてきた。
これが、2008年の北海道洞爺湖サミットを前に、さらに大きな進展を見せようとしていた。

太陽光発電拡大の方針を明示した「福田ビジョン」

2008年6月9日、当時の首相、福田康夫氏が、日本記者クラブにおいて「低炭素社会・日本をめざして」と題するスピーチを行った。いわゆる「福田ビジョン」の発表だ。省エネの推進とともに、原子力発電や再生可能エネルギーなど、CO2フリー(CO2排出量がゼロ)の電源の比率を50%以上に引き上げることによって、2020年までに、当時の現状比14%のCO2排出量削減を実現しようというのである。特に太陽光発電は重視され、2020年に10倍、2030年に40倍という目標値が示された。
達成に向け、住宅へのソーラーシステム設置のさらなる普及を目指す一方で、1000kWを超える大規模出力の太陽光発電所、いわゆるメガソーラーの建設を全国で展開するという施策も明確に提言された。

電力供給の担い手として、すでに進めていた挑戦への準備

当然、関西電力はいち早くメガソーラー建設に向けた検討を開始していた。“くろよん”“美浜発電所1号機”と、大きなプロジェクトの度に発揮されてきた関西電力のパイオニア精神。特に、CO2フリー電源の代表格である原子力発電においては、日本初の営業運転を成功させて以来、常に業界をリードし続けている。この関電スピリッツこそが、メガソーラー建設において「日本の電力会社の先陣を切る」原動力となり持続可能な低炭素社会の実現につながっていくのだ。

絶妙のタイミングで発表されたメガソーラー発電所建設計画

「福田ビジョン」が打ち出されてから3週間も経たない6月23日、関西電力は、「“堺市臨海部におけるメガソーラー発電計画”の推進について」をテーマに記者発表を行った。
かねてから、メガソーラー建設を検討するなかで、堺市臨海部の産業廃棄物最終処分地が用地の候補に浮上し、その計画が低炭素型のまちづくりを目指す堺市の方針とも合致することから、協議がスタートさせていたのだ。話し合いは最終的に、両者がメガソーラー建設を協同で推進するという官民連携のスキームに結実。「福田ビジョン」の打ち出し直後、しかも、7月7日からの北海道洞爺湖サミットを控えてますます地球環境問題への意識・関心が高まっているタイミングでの発表となった。

太陽光発電所を受け入れるための土壌づくりを

関西電力にとって、この時期に他の電力会社に先駆けてメガソーラーを建設する目的は、CO2フリーの電気を工場や一般家庭に届けることだけではない。太陽光発電としては最大級とはいえ、その発電量は全供給電力量から見れば微々たるものでしかないのが現実だ。この段階では、太陽光発電所建設の目的はむしろ、太陽光発電の普及拡大に向けて、完成した発電所を技術的検証などに活用することに重きが置かれた。

太陽光発電は自然に依る部分が非常に大きく、また、出力の変動幅が広く、変化の速度も速い。将来、太陽光発電が大量に導入され、これを電力系統へ受け入れた場合、周波数や電圧の乱れなどの電気の品質に影響を及ぼすことが心配されている。電力会社としては単に手を拱いているのではなく、一定規模以上の太陽光発電を自ら手掛け、さまざまな検証を行うことで影響の程度を実証し、克服の道を探っていく。それが関西電力の考えだった。

自ら知恵を絞ることで、挑戦をより価値のあるものに

準備は周到に進められた。太陽光発電システムは建設コストがかかる。今後、太陽光発電が普及していくうえで安く建設していくことが普及の後押しとなる。そう捉えた関西電力は、個々のコストを正確に把握するため、手間のかからない一括発注をあえて回避。太陽電池、パワーコンディショナ、電気工事、土木工事を個別に発注して、それぞれの担当者がそれぞれの発注先に細かく指示や要望を伝え、発注先とパートナーシップの関係を築きながらともにつくり上げていく姿勢を打ち出した。

特に力を注いだのが基礎架台の設計だ。通常は、コンクリートの基礎の上に南向きに傾斜をつけた鋼材を組み、その上に太陽電池パネルを載せる。この傾斜については、最初に検討を行い、日影や風荷重の影響を考慮して最も適当と判断される15度が選択されていた。ところが当時鋼材は価格高騰が激しく、少しでも鋼材の使用を少なくする設計方法が模索された。数名のプロジェクトメンバーで検討を重ねるうちに常識を突き破るアイデアが生まれた。「鋼材を使わず、基礎の上に直接パネルを載せよう」というのである。コロンブスの卵とも言うべき名案だ。一括発注では恐らく生まれてはこなかったこうした工夫により、大幅なコストダウンが実現された。

心を一つにしたコラボレーションが生んだ数々の成果

建設地は、産業廃棄物の埋立地であるため、基礎ブロック間での不など沈下(※2)が懸念されていた。そこで採用予定のパネルについて、変形実験などを行うことで事前に強度を検証した。また、基礎にパネルを載せる際の取り付け金具にも不など沈下を吸収する独自の工夫を凝らし、目的を果たしたばかりか、特許を出願するまでに至った。
さらに、関西電力の社内だけでなく、施工業者からも斬新な提案が相次いだ。この結果、大小合わせて約15万個ものコンクリート基礎架台を効率よく完成させるために、特殊な型枠や専用のコンクリート打ち込み装置の開発が実現し、いずれも特許を出願。約7万4千枚にもおよぶパネルの取り付けでは、専用の運搬設備、取付器具を用いて、大幅な省力化とスピードアップを図った。

※2.構造物の基礎地盤が、荷重によって圧を受け沈下が起こる際に、均一に行われずに、場所によって沈下量が異なる現象。

出現した巨大なパネルの海。太陽光発電の未来に大きく貢献を

こうして、2009年12月に着工、2010年10月5日に第1期分約2.9MW、2011年3月8日に第2期分約3.4MW、同9月7日に第3期分3.7MW、計10MWという国内最大(完成当時)のメガソーラーが営業運転を開始した。堺市の臨海地域に、人知れず広がった広大なパネルの海。甲子園球場の約5倍という21ヘクタールの敷地を、約7万4,000枚の太陽電池パネルがびっしりと覆う様は、壮観の一語に尽きる。
最大出力1万キロワット。約7万4,000枚の太陽電池パネルにより太陽の恵を刻一刻と電気に変え、年間に約1,100万キロワットアワーを発電して、約3,000軒の一般家庭の需要をまかなう。換算すれば、年間約4,000トンの CO2削減が実現できる。現時点では出力変動が激しいといった弱点を克服しながら、今後いかに地球の未来のために活かしていくか。電力の安全・安定供給という重い使命を担う関西電力の未来に向けた種々の検証が、もうすでに始まっている。

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