イノベーターズSTORY no.01 vol.3 気象工学で新たな道を切り開いた小久保鉄也 貫いた「私がやらねば誰がやる」の精神イノベーターズSTORY no.01 vol.3 気象工学で新たな道を切り開いた 小久保鉄也 貫いた「私がやらねば誰がやる」の精神

「第1章 すべては“危機感”から始まった」はこちら

「第2章 “7割の確信”で挑んだ起業チャレンジ」はこちら

第3章 失敗を恐れて、“何もしないことこそ失敗”

会社はヘリコプター。常にプロペラを回さないといけない

気象工学研究所の1・2年目は、黒字で終えることができた。
設立前からの営業が功を奏し、目処を立てていたあるサービスの受注候補が読み通りにいったのだ。

このサービスこそ、1995年の黒部川水害以来、研究し続けてきた降雨予測システムだった。気象工学研究所初のサービスとなるそれは、「ハイブリッド降雨予測システム」と名付けられた。
同商品は、既存の予測システムでは感知が難しい「予報の谷間」と言われていた、2~3時間後の天候予測を解明する画期的なシステムを搭載している。関西電力のみならず、水害対策で困っていた国や自治体に受け入れられた。

ハイブリッド降雨予測システムの資料より
ハイブリッド降雨予測システムの資料より

こうして大きなトラブルもなく始まった創業だったが、創業3年目にガクンと利益が落ち、「いきなり会社が終わるかも!?」というピンチを感じたことがあった。
しかし、「とにかくお客様に喜んでもらうことをしよう……!」とその一心で頑張り、4年目につなぐことができた。
以降、ヒヤリとする年度もあったものの、なんとか切り抜けてきた。

小久保はこの15年間、ひたすら走り続けていた。
しかし、今の方が不安は大きい。

初期の頃は、必死ながらもどこか“ダメ元”でやっている感覚があったのかもしれない。
だからこそ、がむしゃらに挑めた。
でも今は違う。自ら集めた社員は40人を超え、「もうダメだから解散しましょう!」なんていうわけにはいかない。家族を含め100人以上の生活がかかっている。やるしかない、後ろは振り返れない。
その意識は当時よりも今の方が強い。

設立した当初は、会社は飛行機のようなものだと考えていた。
離陸するとき、つまり創業時にはエネルギーは必要だが、安定してしまえばあとはスーッと進むと思っていた。でも実際は飛行機ではなくヘリコプターだった。エンジンが止まった瞬間に落ちる。だから常にプロペラを回し続ける必要がある。
安定などないのだ。
経営している限りその不安はいつも隣り合わせ。
社長になって初めてわかった。

困っている人がいるからやる。それだけのこと

創業以降、危機感を感じる年はあったものの、右肩あがりで成長している。
それも、「とにかくお客様に喜んでもらうこと」に集中してきた結果だ。

お客様を大切にする精神は、「社員心得」にも表れている。
この4つは今でも一言一句変わらず使われている。

  • ・お客様の立場にたつ
  • ・真理と本質を追求する
  • ・社会への貢献を自らの幸福となす
  • ・困難の克服により自らの成長をなす

ひとつ目が、“お客様の立場にたつ”ということ。
「私がやらねば誰がやる!」という想いからスタートしたこの事業だが、そもそもの“やらねば”の前提には、誰かのニーズがある、だからやるべきなのだ。

仮に「こういうシステム作るべきだ」と、誰のためでもなく、自身の思い込みだけで作ると、必ず上滑りする。

まだニーズ化されていない潜在ニーズも含め、「困っている人がいるからやる」、そうやってすべて顧客起点で商品開発を続けてきた。

例えば以前、自社開発した、河川・アンダーパス監視システム「フラッド・アイ」を3年間くらい、無償で提供したことがあった。「フラッド・アイ」は、河川やアンダーパス(地下道)に監視カメラを設置し、スマートフォンなどで監視できるシステムである。

当時、アンダーパスによる事故や被害が問題になっているにも関わらず、その対策が不十分であったため、気象工学研究所が乗り出した。
すぐにビジネス化はできないかもしれないが、間違いなく地域の困りごとを解決するものであったため、いつかは返って来るという確信を持って、大阪府内各地に提供していた。
結果、大阪府他で数十カ所に設置し、提供しているうちに「あれはできないか」「これはできないか」というニーズが生まれ、ビジネスへと進化させていった。

「フラッド・アイ」の映像
「フラッド・アイ」の映像

しかしサービスはすぐに真似されるし、追いつかれる。
常にアップデートし、新規事業を検討する必要がある。
気象工学研究所も、設立年度にひとつ目のサービスをローンチして以降、数年おきにサービスを世の中に提供し続けている。お客様の声から困りごとに出会っては、売上の目処を立て、システムを開発するということを繰り返してきた。

そんな中で、電力会社グループの強みを活かしてローンチしたサービスがある。
それが現在、関西電力でも使われている一斉安否確認システム「ANPiS(アンピス)」である。

電力会社のグループである強みを活かして

「ANPiS(アンピス)」は2006年、中国電力のプレゼンコンペで勝ち取り、開発に至ったシステムである。大手通信会社、大手インフラ、大手メーカーなどの大手4社に混じり、計5社のプレゼンだった。

勝因はお客様の声を取り入れる開発ができたこと、そして電力会社という強みを活かした提案ができたことである。

大手4社は、既存商品があり、実績という部分での安心感は大きかった。
一方、気象工学研究所の開発はこれから。
その分、中国電力の要望に寄り添って、ニーズを組んだシステム開発ができることを主張できた。また、電力会社のグループだからこそ提案できることも売りにした。

中国電力側が求めていたのは、地震情報や災害情報そのものではなく、その背景にある社員の安否確認と電力の安定供給。気象情報をダイレクトに取り扱う気象工学研究所だからこそ、瞬時にその情報を受けて、お知らせや安否情報確認につなげることができる。

見事、受注が決まった。

のちに、この一斉安否システムは、関西電力でも導入することになる。
当時、関西電力は別企業のシステムを入れていたのだが、「ANPiS(アンピス)」に切り替えた。自社のノウハウを活かして開発し、他社で実績を作り、そして自社でも導入するという、ある意味逆輸入の形で成功を収めた。

「ANPiS(アンピス)」の資料より
「ANPiS(アンピス)」の資料より

前例がないことに失敗という定義はない

気象工学研究所は、会社の存続が危ぶまれるほどのピンチはなかった。
しかしすべてのサービスがうまくいったのかというと、決してそうではない。

例えば2012年にローンチした農業気象システム「ファーミル」。
過去の観測データをもとにピンポイント予測を行う、農業気象専門の予測システムだ。
開発に100万円以上もの投資をしているが、今のところ1円にもなっていない。

世間で言うところの”失敗”かもしれない。
しかし小久保は、“失敗”とは捉えていない。
見えそうで見えないお客さまの価値を追い求め、サービスの試験提供を継続しながら、ビジネスチャンスを伺っている。
最近になって、海外でのニーズも見えてきた。
うまくいかなくても、すぐに修正して改善している限りは失敗とは言わない。
失敗しそうになったことは何度となくあるが、その度に高速でPDCAを回し、軌道修正を図っている。
それに前例がないことをやっている場合、思うようにいかないのは当たり前。
それら経験が糧となり、より良いサービスになっていくのだ。

しかし、改善せずに放ったらかしにしていたらそれは失敗だ。
10回やればうまくいくのに9回で諦めてしまう場合も同様。
その10回のために9回があると思えれば良いのだが、答えがある仕事しかしていないと、失敗を恐れ、途中で挫けてしまう。課題も答えも自ら創るものであることを理解する必要がある。

新規事業は椅子取りゲームではない。
椅子をつくっていかなければならない。
恐れて椅子をつくらないこと、つまり、失敗しないようにと、“何もしないことこそ失敗”だと捉える。

そして、経営者にとって「究極の失敗」は会社を倒産させることだと考えている。
そういう意味で、小久保は「失敗」していない。

続けるのか?やめるのか?その判断軸はたったひとつ

一方で、やめ際も重要だと考える。
途中で断念しているサービスは幾つもある。

これは、諦めず続けることと矛盾しているようだが、決してそうではない。
諦めずに続ける理由、それは小久保にとってたったひとつだけ。
その先に喜んでくださるお客様の姿が見えるかどうか、それだけだ。

お客様がいて、彼らの困りごとに応えるためにそのサービスが必要だという確信があり、そこに想いがあるのであれば、諦めずに続けるべきだ。やめるべきではない。

しかしローンチしてみたものの、見当外れでお客様が誰も喜んでいない、この先、喜んでくださるお客様の姿がどうにもイメージできない、そう判断したらさっさとやめている。あくまでお客様がベースなのだ。

最終章へ続く