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越前若狭探訪

「源氏物語」の作者が若き日を過ごした場所

紫式部(越前市)

「紫式部公園」(越前市東千福町)
▲紫式部を偲んで平安貴族の寝殿造庭園を再現した「紫式部公園」(越前市東千福町)。写真右側の釣殿は、納涼や月見の宴、詩歌管弦、風雅な舟遊びの乗り降りの場所でした。

日野山に向かって立つ十二単(じゅうにひとえ)姿の紫式部像
▲日野山に向かって立つ十二単(じゅうにひとえ)姿の紫式部像(像高2 .7m)。台座には、越前に向かう国司の一行や、宮廷での場面を描いたレリーフがはめ込まれています。像の後ろ側には、紫式部の歌碑などがあります。(紫式部公園)▼

紫式部公園

総社(そうじゃ)大神宮(越前市京町1丁目)
▲総社(そうじゃ)大神宮(越前市京町1丁目)。総社は、国司が国内の神社を巡拝する労を省くため、祭神を1カ所に合祀したもので、国府とゆかりの深い社です。

 今からおよそ1千年前、『源氏物語』の作者紫式部(むらさきしきぶ)は、結婚前の1年余りを越前の国府(こくふ)があった武生(たけふ)(現越前市)で過ごしました。父、藤原為時(ふじわらのためとき)が長徳(ちょうとく)2年(996)、越前の国司(こくし)に任じられ、20代の紫式部は、生涯でただ一度、父とともに都(みやこ)を離れて暮らしたのです。
 紫式部は、幼いころに母を亡くし、その後は父親に育てられたようです。父の為時は学者であり、漢詩人としても優れた人物でした。紫式部が子どものころ、弟が父から漢籍の講義を受けているのを横で聞いていて、弟より先に覚えたので、この利発な娘が「男だったら…」と父が嘆いたという逸話も。
 越前に来る前年、中国(当時は宋の時代)から70人余りが若狭に漂着、敦賀の松原客館(きゃくかん)(外交施設)に移されており、"外交問題"の処理に迫られていました。為時は、宋人と漢詩を交わして意思疎通を図ったといいます。
 そうした父の薫陶(くんとう)を受けて育った紫式部について、作家の瀬戸内寂聴(じゃくちょう)さんは、「自分を美女とは思っていなかったらしい。しかし魅力的な女、それも、知性や教養で培った精神的魅力のある女と自認していたのではないだろうか」「そんな彼女は二十歳すぎまで未婚で、すっかり文学少女になって漢籍や仏典を片っぱしから読みあさったらしい」と著書の中で書いています。今と違って当時は、女性の結婚年齢も10代前半から20歳と早かったようです。
 自ら編集した歌集『紫式部集』から武生で詠んだ歌をみると−「ここにかく日野の杉むら埋(うず)む雪小塩(おしお)の松に今日やまがへる」、目の前の日野山(ひのさん)に降り積もる雪を見て、都の小塩山にも今日は雪が散り乱れているのだろうかと思い、国司の館(やかた)の人々が庭に雪山をつくり、紫式部を誘っても、「ふるさとに帰る山路のそれならば心やゆくとゆきも見てまし」と、心が晴れず、恋しい都に帰りたいという思いが募ったようです。というのも、またいとこで、父親と同年配の藤原宣孝(のぶたか)から、紫式部は求婚をされており、決心がつかないまま、揺れる気持ちを抱いて越前に来ていたのです。
 平安貴族の寝殿造(しんでんづくり)庭園を再現した「紫式部公園」(越前市東千福町(ひがしせんぷくちょう))には、日野山に向かって立つ紫式部像(圓鍔勝三(えんつばかつぞう)作)や釣殿(つりどの)、泉水(せんすい)などが設けられています。雪の日に訪れると、紫式部の歌の情景が目に浮かんできます。
 結婚を決意した紫式部は、父の任期明けを待たず1年余りで帰京。宣孝と結ばれて、娘が誕生しますが、ほどなく夫は病没。わずか数年の結婚生活でした。その後、一条天皇の中宮彰子(ちゅうぐうしょうし)(藤原道長(みちなが)の娘)のもとで"教育係"などを務め、後世に残る大恋愛長編小説『源氏物語』を書き上げました。
 昭和63年から現在まで越前市で毎年開催されている「源氏物語アカデミー」の監修に携わった国文学者の故清水好子(しみずよしこ)さんは、「武生の国府の暮らしの中で決断された彼女の結婚−世間の普通の娘とは違った、そして短い結婚生活が、創作活動に及ぼした影響は計りしれない」と述べています。越前武生は、偉大な作家紫式部が、悩み多い若き日を過ごした思い出の地なのです。

地図

越前市武生公会堂記念館で常設展「越前国府」を開催中。現在進められている越前国府跡の調査(JR武生駅の西側一帯)の概要や、紫式部と越前市との関わりなどを紹介しています。越前市中央図書館には、紫式部コーナー(約2千冊)があります。

【取材協力】 越前市中央図書館
【参考文献】 『源氏物語紫式部と越前たけふ』(福嶋昭治著、紫式部顕彰会・平成21年発行)、『わたしの源氏物語』(瀬戸内寂聴著・平成元年発行)、『福井の文化第13号』(福井県文化振興事業団・昭和63年発行)、『随想たけふ』(武生市・昭和63年改訂版発行)
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