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越前若狭探訪

高浜と平城京(高浜町)

贄木簡が伝える都との特別なつながり

青郷と高浜関係の荷札木簡 その右側は、贄木簡をもとに復元した食膳の模型
▲高浜町郷土資料館に展示されている平城宮・平城京跡から出土した青郷と高浜関係の荷札木簡(左下、複製)。その右側は、贄木簡をもとに復元した食膳の模型。

高浜町難波江(なばえ)の浜で行われた古代製塩再現イベント
▲3月に高浜町難波江(なばえ)の浜で行われた古代製塩再現イベント。海水を煮詰めている土器は、町内で出土した製塩土器をもとに作製したもの。

青葉山に見送られて高浜漁港を出発
▲青葉山に見送られて高浜漁港を出発

平城宮跡での「御贄献上式」
▲平城宮跡での「御贄献上式」には、高浜町からバスで駆けつけた約100名の皆さんが一緒に参加しました。

高浜町の野瀬町長(左)から奈良市の仲川市長(右)に献上品(鯛のなれずしと塩)を伝達
▲高浜町の野瀬町長(左)から奈良市の仲川市長(右)に献上品(鯛のなれずしと塩)を伝達。

 和銅3年(710)に奈良の平城京(へいじょうきょう)へ都(みやこ)が移されてから、今年で1300年を迎え、「平城遷都(せんと)1300年祭」が奈良市の平城宮跡(きゅうせき)をメイン会場(11月7日まで)に開催されています。
 平城宮・平城京跡からは、これまでに大量の木簡(もっかん)(文字が書かれた主に短冊(たんざく)形の木片)が出土。その中には、当時、地方から都に運ばれた物品に付けられていた"荷札(にふだ)"が多数あります。
 奈良文化財研究所の「木簡データベース」で検索すると、若狭国(わかさのくに)から平城宮・京へ送られた「荷札木簡」109点をリストアップすることができます。そのうち約半数は、成年男子に課せられた物納の税である「調(ちょう)」が占めています。若狭の場合は、浦々で海水から作られた塩で「調」を納めました。
 また、税として天皇家などへ貢進(こうしん)したごちそうを意味する「贄(にえ)」と記された木簡が19点確認されています。若狭からは鯛(たい)や貽貝(いがい)、鰒(あわび)のすし、干物(ひもの)、海藻など、海産物が運ばれました。
 「調」も「贄」も、地方の民(たみ)が都へ運ぶ義務を課せられ、若狭からは奈良まで片道3〜4日かけて歩きました。
 贄木簡19点の出発地をみると、青郷(あおのごう)(高浜の青葉(あおば)山周辺一帯)からが圧倒的に多くて13点、同じく高浜の車持(くらもち)郷から3点、木津(きづ)郷(現在の高浜町子生(こび)川流域)から1点、そして三方郡からの2点です。宮中へ魚介類などを貢進した御食国(みけつくに)若狭の中でも、高浜、とりわけ青郷が都との特別なつながりを持っていたことがわかります。
 1例を挙げると、昭和35年に平城宮跡から出土した贄木簡に、「若狭國遠敷郡青里御贄多比鮓(おにゅうぐんあおのさとみにえたいずし)…」と記されたものがあります。遠敷郡とあるのは、奈良時代の若狭国が、三方と遠敷の2郡だけだったため。青里(現在の高浜町青(あお)のあたり)から鯛のすし(なれずし〈発酵食品〉のようなものか)が贄として運ばれたことを示し、「すし」の存在を記した最古の現物史料とされています。
 こうした歴史を踏まえて、高浜町では昨年、町民主体の実行委員会を設け、「御贄献上行列」を企画。研究者を招いて時代考証(こうしょう)を行い、木簡に記された鯛のすしや海水からの塩作りを、想定される古代の製法で再現しました。
 今年4月20〜23日には、町民有志6人がそれらを背負って、高浜から歴史の道「西の鯖街道」(周山(しゅうざん)街道)を通り、京都経由で平城宮跡まで約130kmを歩きました。途中、激しい雨や寒い日もあり、体調を崩す人も。古代若狭人の苦びと労を痛感した旅でした。そして4月24日、「平城遷都1300年祭」平城宮跡会場オープニングの日に「御贄献上式」を挙行。参加者に鯛のなれずしを振る舞い、木簡に記された高浜の歴史と海の幸(さち)の豊かさをアピールしました。
 高浜町では今、"すし発祥(はっしょう)の地"として「若狭たかはま鮨(すし)」のブランド化を進めています。さらに、「西の鯖街道」沿線市町の団体・個人で「西の鯖街道協議会」を組織。特産品を持ち寄って京都の錦市場(にしきいちば)にアンテナショップを出したり、名物メニューとして「鯖そば」を売り出すなど、連携して地域振興に取り組んでいます。

地図
奈良時代の青郷は、現在の高浜町内浦地区や舞鶴市河辺(かわなべ)、
田井(たい)あたりを含みました。

【取材協力】 高浜町まちづくり課、高浜町郷土資料館
【参考文献】 『掘り出された古代の高浜−平城京跡出土木簡から−』(高浜町郷土資料館・平成14年発行)『平城遷都1300年祭高浜町御贄献上行列事業報告書』(高浜町御贄献上行列実行委員会・平成22年発行)、『福井県史通史編1』(福井県・平成5年発行)
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