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佐伯 啓思・京都大学大学院人間・環境学研究科教授

2008.03.15
「原点を問い直し、日本社会を変える」

佐伯 啓思・京都大学大学院人間・環境学研究科教授

佐伯 啓思  さえき けいし
京都大学大学院人間・環境学研究科教授
1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程修了。滋賀大学教授などを経て現職。政治、文化、宗教など幅広い見識で市場経済や大衆社会を分析、文明批評も展開。著書『成長経済の終焉─資本主義の限界と「豊かさ」の再定義』『倫理としてのナショナリズム─グローバリズムの虚無を超えて』『学問の力』『人間は進歩してきたのか─現代文明論〈上〉「西欧近代」再考』『20世紀とは何だったのか─現代文明論〈下〉「西欧近代」の帰結』『国家についての考察』『現代日本のイデオロギー』『自由とは何か』『市民とは誰か』『現代日本のリベラリズム』『アメリカニズムの終焉』『欲望と資本主義』『学問の力』など。共著『共和主義ルネッサンス─現代西欧思想の変貌』『自由は人間を幸福にするか』など。


http://www.h.kyoto-u.ac.jp/staff/212_saeki_k_0_j.html

偽の国・日本。
偽装問題や不祥事が相次ぎ、規律や規範を失ったかのように見える日本社会。これらは決して一部の人々による例外的なルール破りとは言えず、日本社会全体が従来のやり方では限界に来ていることの象徴と捉えるべきだ。日本はもう一度、ルールを考え直さないといけないところに来ている。

なぜこのような状況になってしまったのか。 一つは経済のグローバル化に伴う競争激化のなかで、これまでのやり方が通用しなくなったこと。日本という枠の中で日本型の企業システムをつくり、日本人が喜ぶものを大量に生産して提供する――それが戦後日本の経済活動の目標だった。しかしグローバル化で状況は一変。そもそも市場経済が成熟していない中国やインドが参入してくるようなグローバル経済は、そのこと自体が一種のルール違反であり、日本企業が従来どおり国内ルールを守って利益を上げることはほとんど不可能に近くなった。加えて、既に十数年来、実体のない虚の経済とも言える金融経済が世界を覆うなかでは、どこまでが本物でどこからが偽物かという感覚すら失ってしまう。

グローバルな過剰競争が国内に歪みを生じさせた。偽装問題もその現れであり、若者のニート・フリーター問題も、そのしわ寄せの結果だろう。日本型経営がかなり崩れ、一つの企業で一生働くというモデルはなくなった。企業が非正社員やアウトソーシングを増やしたことでフリーターが増える一方、正社員の負担は増大。「サラリーマンの勝ち組は人生の負け組」みたいに、たとえ給料が良くても人生を楽しむ余裕はないから、若者は就職に夢を持てない。正社員としてひたすら働いて金を稼ぐか、責任もなく自由だが経済的に立ちゆかないフリーターでやっていくか、2つの選択肢しかなくなり、中間層がなくなりつつあることに危機感を覚える。

もう一つ、戦後日本は一貫して道徳や規律を崩壊させてきた。日本は戦後、「自由」を手に入れたが、それは日本人が自ら勝ち取ったものではなく、アメリカから与えられたもの。「自由」を得て何かをやりたいという切実な思いなどなかったから、お仕着せの自由はすべて「利益を得るための自由」へと向かった。「平等」という価値も同様で、それは「金を稼ぐ機会の平等」。結果、日本は60年代、高度成長を謳歌する。

その路線は70年代には限界を迎え、石油ショックの洗礼を受けたのに、そこを割合うまく乗り切ってしまったため、80年代にはバブルで飽和した国内から海外へ出て、アメリカと摩擦を起こす。本来80年代に、国内で飽和した富を使って豊かな国・豊かな文化づくりへ方向転換することが日本の課題だった。経済が失速する前に、経済力以外の別の価値を模索すべきだった。しかし日本はそれをせず、バブル崩壊と同時にアメリカの金融革命とIT革命によるグローバル経済に呑み込まれ、変わるタイミングを失った。

経済的利益一辺倒でやってきて、道徳や規律、精神的価値を見失った日本。
それは言い換えれば、言葉に対する感覚を失ったということだ。言葉の正しさは、その言葉に対応する実体があって初めて成り立つ。しかし日本人は規律や規範を失い、言葉の正確さを失い、コミュニケーション能力を失った。コミュニケーションでなく一方的な主張、うわべだけのわかりやすさが蔓延したのが90年代以降の日本だ。

しかしそれが限界に来た今、これからは「実体あるもの」の反逆が起きるように思える。日本は偽の国のままでいいのか? 本当に大事なものは何か? 働くことや経済活動とは何かという、本質的な問いが出始めた。もちろんグローバル経済を逆行させることはできないし、日本の経済構造を簡単に変えることはできないにしても、日本がいかに変則的な文明の中にいるかを知らないといけない。今、文明のあり方として現代社会を問い直すことが必要になっている。

問い直すにあたり、一つは、古くからの日本人の精神性や価値観を見直すこと。日本人の規範を形成してきたのは、仏教・神道などの世界観や、自然信仰・土地への愛着まで含めた、広い意味での宗教的精神だろう。それをベースに、独自の自然観や美意識を培ってきた。外国人が着物や町家に関心を示すのも、単なるモノではなく、そこに日本人の精神性や美意識が込められているからだ。世界に通じるこの価値観を、過去の遺物として博物館に展示しておくのではなく、日常のなかに、自分たちのものとして取り戻したい。

一方で、日本の特異性も自覚すべきだ。日本は、これほど豊かになった国が急速に国力を落としていく最初のケースになるだろう。人口減少・高齢化がその引き金を引くわけだが、アメリカは技術革新で乗り越えようとしているし、ロシアは資源大国。EUは伝統文化の存在と規模の大きさからさほど慌てず比較的ゆっくり経済を拡張すればいい。日本はそのどれとも違う。いわば孤立無援の状態で、独自のポジショニングを確立しないといけない。

私は「3層構造」くらいで考えるのが望ましいと思っている。
上の層ではグローバル競争を勝ち抜く利益中心の考え方に基づき、グローバル企業を支援する条件整備を行う。次に国内向け企業、国内市場で利益よりは安定的な環境構築をめざし、大きくは成長しなくても着実に安定して企業活動ができる条件を整える。3層めが日本文化や自然観をベースにした社会的インフラ整備。我々は往々にして、どれか一つの層が覆うかのように思いがちだが、そうではない。3層構造で考え、3つを上手く使い分けながら融合させていくのが望ましい。

とりわけ社会的インフラ整備で大事なことは、社会全体で共有する将来ビジョンの描き方。日本の場合、それを、少子高齢化という社会的条件と、日本的美意識や自然観の両面から考える。高度高齢社会の医療・介護システム整備などを含む美しい都市環境・住環境づくり──それは市場原理には任せられず、政府が指針を与え民間が実行するという官民協調型での将来構想に基づくプログラム的政策だ。大きな道筋としてはそれしか考えられない。

もはや限界に来た日本社会。しかしそれだけに、ほんの少しのことで流れは変わる気もする。実体のない、表面だけの正義や、わかりやすいスローガンだけではどうにもならないと、多くの人が感じ始めている。だから本質的な問いに、まずは一人ひとりが向き合う。そして問題を共有する知識人・経済人・政治家たちが、息長く地道に発信を続けていけば、耳を傾ける人も増えるはず。もう一度、日本をつくり直すために、今、原点を問い直す時期に来ている。 ■


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