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白幡 洋三郎・国際日本文化研究センター教授

2008.03.01
「文化的深みのある観光振興へ、観光立国概念を変える」

白幡 洋三郎・国際日本文化研究センター教授

白幡 洋三郎  しらはた ようざぶろう
国際日本文化研究センター教授(都市文化論・庭園史)
1949年大阪府生まれ。京都大学農学部卒、同大学院博士課程単位取得退学。旧西独ハノーファー工科大学に留学、19世紀ドイツの都市公園の研究に従事。京都大学助教授、国際日本文化研究センター助教授、のち教授。屋外レクリエーションの比較文化研究や日本の生活文化の通文化性など研究。著書『知らなきゃ恥ずかしい日本文化』『花見と桜』『カラオケ・アニメが世界をめぐる』『大名庭園』『プラントハンター』『旅行ノススメ』『近代都市公園史の研究』『瀬戸内海の文化と環境(監修)』『水と暮らしの環境文化─京都から世界へつなぐ(分担執筆)』など。


http://www.nichibun.ac.jp/research/faculty/staff1/shirahata.html

観光立国へと動きつつある日本。
2007年の訪日外国人数は、史上初めて800万人を突破したという。2010年に1,000万人の外国人誘致をめざすビジット・ジャパン・キャンペーンの効果もあり、日本を訪れる外国人観光客の数は着実に増えている。しかし、「観光立国」の意味を、観光客の数や経済効果だけで捉えていいのだろうか。

例えば京都は、外国人客誘致に力を入れ、実際その数は増えている。しかし行楽シーズンに観光客が集中し、交通渋滞など地元の人の生活に支障が出たりしている。訪れた人も、せっかく来たのに人も車も多すぎて、目的地に辿り着くにも時間がかかる。多すぎる観光客は、市民にも観光客にも迷惑な存在になりかねない。訪日者数や経済効果は確かに一つの指標ではあるが、もっと別の観点から、観光の意味を問い直す必要があるのではないか。

実は日本人は昔から旅が好き。旅というのは「移動する好奇心」。本を読んだり話を聞くだけでなく、自分が動いて見聞きすることを非常に大事にしていた。平安時代から「旅日記」が盛んに書かれ、江戸時代には旅の楽しみは庶民のものになり、多くの庶民が旅をした。お伊勢参りなどが盛んだったことから、旅行業・旅館業・飲食業など外来の人にサービスをして生計を立てるという業態が発達。ヨーロッパなどと異なり、女性のひとり旅も多かった。交通機関が発達した時代を生きる我々は、昔から世界の誰もが旅をしていたと思いがちだが、侵略者を気にしないといけない危険な国では旅は発達しなかったし、砂漠や乾燥地帯では旅は大変な難行。鎖国をしていた江戸時代の日本は平和を謳歌し、内需だけで「観光立国」を実現していた。

旅の一番の面白さは、異文化体験だ。
お伊勢参りの道中で、各地の田圃の稲穂を持ち帰り自分たちの土地に合うものを試したり、京の祭礼、舞踊などを学んで帰るなど、文化交流、文化伝播が行われていた。訪れる側はその地の良いところを持ち帰り、受入側も旅人の話を聞いて参考にしたり旅行関連産業を育てるなど、互いに自分たちの暮らしをどう良くしていくかを常に考えていた。

であれば、観光客のために市民生活に支障を来すのは本末転倒。
ことさら観光客向けに何かをするのではなく、ふだんの暮らしそのものが地域性や文化の違いを表して、訪れた人の好奇心を刺激する。住む人が、毎日、機嫌良く暮らせることが観光立国の基本だろう。

異国としての日本。外国人の日本イメージは、まず安全な国。そして新幹線をはじめとする交通機関など、アジアの中で高度に発達した文明国。つまり快適にリーズナブルに暮らせる先進国イメージと、靴を脱いで上がる畳の生活など歴史や文化を持ち合わせた国としてイメージされている。彼らにとって靴を脱ぐことはものすごい異文化体験だけど、我々は別に観光客誘致のために畳の生活を守っているわけではないし、新幹線をつくったわけでもない。京の町家も京料理も、いずれも我々の日々の暮らしを快適にするためにつくりあげたもの。

だからせっかく外国人に来てもらうのなら、単に異文化体験ができたと喜んでもらうだけでなく、こちらの生活をより良くするための第三者評価をもらおうではないか。外貨を落としてくれるだけでなく、我々の生活の質を高め、文化的な生活レベルを高めるなど、日本人にとっての反省材料を発見・提供してくれるのが、外国人観光客の存在意義ではないか。

いわば、自分たちの生活をより深く知るための鏡としての異文化体験──私自身も外国に行くときは文化習慣の違いを楽しむ。欧米先進国でもそうだし、途上国は一見後れているように見えて実は我々が忘れてしまった家族のつながりなどを思い起こさせてくれたりする──こうした深い文化体験のために訪れ、また来てもらうということが大事ではないか。深い体験こそが、何度も訪れるリピーターを生む。

一過性の外貨稼ぎの観光立国論を改め、より長期的・持続的に「観光」というものを考えたい。観光とは、相互交流、双方向での情報の受発信。互いの文化、生活を吟味し合う、非常に人間的なつきあいだ。互いの違いを楽しむ時間を買い、より良い暮らし方を考えるのが、観光だ。観光を数や金額だけで捉えると軽いものになってしまう。「観光気分」というと浮ついたイメージだし、「観光客」には「旅の恥はかきすて」的な無責任なイメージもある。そうでなく、これからの経済や暮らしには、他者へのもてなしや気配りは不可欠であり、それを「観光立国」を通じて実現していこう、というメッセージをもっと鮮明に打ち出した方がいい。

それを念頭に外国人観光客を見たとき、例えば台湾で発行されている日本のガイドブックは日本のものよりも専門的でアカデミックで、日本の名所旧跡について、日本人も知らないような歴史的文化的背景から解き起こして紹介している。これらを読んで日本に来る人は、単に秋葉原や日本橋に電化製品を買いに来るだけでなく、日本の生活文化に関心を持ち、歴史文化を守る暮らしや自然とともにある暮らし方を、自分も体験したいと思ってやってくる。そういう人々に、我々は何を提供していくのか。どんな人でもいいから大勢来てほしいというのではなく、そういう質の高い観光客を大事にすべきではないか。

先頃の国際観光振興機構の統計では、外国人旅行者の訪問先の一位は新宿、次いで大阪市、京都市。中国人はほかに箱根や富士山にも興味を示し、欧米の人に人気なのは厳島神社や奈良、鎌倉だとか。彼らは我々が思う以上にいろんな地域を知っている。だから、全く日本を知らない初心者を案内するというのではなく、こうした上質な観光客に対し今後どのようなサービスをするかを考えた方がいい。

何も特別なことをする必要はない。ふだんの暮らしが感動を呼ぶわけで、観光客向けに自らを変える必要はない。むしろやるべきことは、自分の地域の個性を頑固に堂々と掘り下げ、自分が良いと思うものを言い続けること。同時に、他者の指摘はありがたく受け止め、より良い暮らしを実現するための反省材料にしていく。この姿勢こそが観光立国につながる。

世界に先駆けて観光立国を実現していた、旅の民族の末裔として、経済一辺倒でない、文化的な深みのある観光振興を期待したい。 ■


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