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河瀬 直美・映画作家

2007.11.01
「邦画をめぐる状況――もっとアートが身近な日本へ」

河瀬 直美・映画作家

河瀬 直美  かわせ なおみ
映画作家
1969年奈良市生まれ。89年大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校)映画科卒業。自主映画『につつまれて』『かたつもり』が、95年山形国際ドキュメンタリー映画祭はじめ国内外で注目を集める。奈良県西吉野村を舞台にした劇場映画デビュー作『萌の朱雀』で、97年カンヌ国際映画祭カメラド−ル(新人監督賞)を史上最年少受賞。2000年公開の『火垂(ほたる)』は、スイスのロカルノ国際映画祭コンペティション部門で国際批評家連盟賞、ヨーロッパ国際芸術映画連盟賞のダブル受賞。自身の出産を題材にしたドキュメンタリー『垂乳女(たらちめ)』は、スイス・ロカルノ映画祭などで受賞を重ねる。07年『殯の森』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門においてグランプリ受賞。映像表現のみならず、小説やエッセイの執筆など、さまざまなジャンルで表現活動を展開している。


http://www.kawasenaomi.com/

最近、邦画が元気だと言われている。だけど人気を集めているのは、起承転結、善悪がはっきりしたエンターテイメント系映画が大半。日本では、いわゆるハリウッド的なものだけが「映画」であるかのような風潮があり、それもホラーが流行ればホラー、純愛ものが流行れば今度はそっちと、ひとつの方向に流されやすい。陸路でつながり多様な価値観が共存するヨーロッパと異なり、島国の日本では単一の価値に収束しがち。『殯(もがり)の森』はカンヌで賞をいただき全国で上映されているが、普段、私がつくるような映画、アート系の作品は、地方ではほとんど上映されることはなく、多くの人にとっては存在しないのと同じようなものだ。

「ない」と見なされているから、若い人がアートをめざそうとしない。刺激を受ける場がないので、未来が見えず、歩いていけない。そこが問題だ。別にたいそうな若手育成策を、と言っているわけではない。たとえば町なかにギャラリーが増えるだけでいい。身近にアートと触れ合える場所がもっとあれば、若者は勝手にインスパイアされ、アート的感覚を身に付けていく。

小学校の美術の授業にしても、「こう描きなさい」と指導されることで、子供たちの世界はすごく狭くなっている。ヨーロッパで地方の美術館を訪れると、子供たちが思い思いに、自分がいいと思った作品の前に座り込んで、熱心に写生している場面によく行き会う。それがゴッホだったり、ピカソだったり、一流を真似ているわけだから、感性が磨かれるのも当然だ。これが日本なら、「そんなところに座り込んだらあかん」と、きっと大人が注意する。そうして退屈な子供が退屈な大人になって、また子供に退屈な価値を押しつける。

このままではいけないと、みんなが感じていると思う。国でもコンテンツ産業に力を入れ始めた。とはいえ、日本、とくに地方では、まだまだアートに触れる環境や、映画をつくる環境は整っていない。

そのような状況で、私が奈良を拠点にしているのは、「置いていけないもの」があったからだ。20代の頃は24時間映画漬けの生活ができた。しかし30代になり、高齢の養母と幼い子供がいる身となって、映画のことだけ考えて飛び出すことはできなくなった。しかしそれは決してネガティブな選択ではない。映画作家としての自分より、家族や人間関係の方を大事にしたかったから、奈良で映画づくりができる工夫をしてきた。理解してくれる人と長い時間をかけて関係を築き、スタッフに奈良に来てもらい、ひとつひとつ、環境をつくりあげてきた。

多分、スポンサーもスタッフも豊富な東京で撮るほうが楽だったかもしれない。でも私にとって東京は、どこか息苦しい街。忙しすぎて、人や情報も多すぎて、「別に私なんていなくてもいいんじゃないか」という気分になる。私は、多少面倒臭くても深い人間関係を大切にしたいし、そういう関係が残っている奈良の町が好き。とくに「銭湯文化」は大好きだから、毎日通っている。おばちゃんたちは子供の面倒を見てくれるし、悪戯をすればちゃんと叱ってもくれる。

もちろん古い町だから、若い人が新しいことを始めようすると、なにを生意気な、と叩かれることもある。ただ、そんな環境でも撮り続けてきたのは、やはり映画づくりが好きだから。カメラが目の前にあり、スタッフが動いて、現場でよーい、スタート! という瞬間は、細胞がいきいきする感じで、何よりも楽しい。

日本では東京国際映画祭が有名だが、東京は広すぎて、モノも多すぎて、どこで何を観たらいいか分からない。会場とホテルが離れすぎていて、点と点を往復するだけになってしまう。

歩いて行ける映画祭。奈良だったら「点」ではなく「面」で展開できる。奈良町から東大寺、興福寺、奈良公園の界隈は歩いて回れるし、町家で交流会を開くのもいい。舞台と客席で対峙するだけの関係ではなく、同じテーブルで作家と観客が出会えれば、双方の距離はとても近くなる。街をあげての映画祭という形になれば、ギャラリーも増えるだろうし、アートも身近になる。

都のあった奈良は、もともと大陸からの文化を一番に吸収した最先端都市だった。だから世界の文化、アートを受け入れる土壌はあると思う。ここが映画祭の舞台になって、世界中の人が集まりコミュニケートできれば、子供たちや若者にとってまたとない経験。若手アーティストの育成にも繋がる。1300年前のお宝は確かに素晴らしいものだけれど、今、生まれつつある芸術を受け入れ、また新たなものを生み出していく――奈良で、そんな映画祭を立ち上げたいとワクワクしている。

映画づくりでは、次回作を撮り終えたばかり。タイ・バンコクの南にある素朴な村を舞台に、偶然出会った、国籍も年齢もバラバラで、言葉もろくに通じない人々の1週間を描いた人間劇だ。私の作品を見続けてくださった人は、これまでとは随分イメージが違うと思われるかもしれない。でも私が描きたいテーマは変わらない。それは、人間とはどういうものか――人間は人間を一番知らない。人間は環境によって、天使にも悪魔にもなる。人間とは何か、それが私の永遠のテーマ。

現代社会は情報化が進むがゆえに、人間と人間との距離はどんどん離れている。本来なら、情報を得たあと実際に動き、触れて、交流するのが最終着地点だと思う。でも今は、みんなその前段階――情報を得ただけで、会ったような気になって終わってしまう。それは、本物じゃない。多少面倒でも、実際の人間関係のなかで、人ときちんと向き合い、触れ合う。その体験が、私の表現に繋がっている。

人間とは何か。このテーマを追いながら、人が元気になる表現、若い人に力を継承していけるような表現をしていきたい。奈良の大仏さんのように、1000年先の人にも伝わるような作品を残したい。大仏さんも火災に遭ったりしたけれど、再建を願って努力した人たちがいたからこそ、今の姿がある。そんなふうに、大切に思ってもらえるような作品をつくり続けていきたい。 ■


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