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飯尾 潤・政策研究大学院大学教授

2007.08.15
「再チャレンジ社会へ──既得権を超え『機会の平等』をめざす」

飯尾 潤・政策研究大学院大学教授

飯尾 潤  いいお じゅん
政策研究大学院大学教授(政治学・現代日本政治論)
1962年神戸市生まれ。東京大学法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。埼玉大学大学院政策科学研究科助教授を経て、97年政策研究大学院大学助教授、2000年より教授。この間ハーバード大学客員研究員などを兼務。現在、「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」の主査も務める。著書『日本の統治構造』『民営化の政治過程』、共著『年金改革の政治経済学』『日本の財政改革』『デモクラシーの政治学』『政治改革1800日の真実』など。


http://www.grips.ac.jp/profiles/iio,jun/iio,jun.htm

何度でもやり直せる「再チャレンジ」社会は、誰もが望ましいと言うが、実はトレードオフがあり、成功者が地位を守ることと再チャレンジの奨励は、矛盾する。再チャレンジ社会は、成功者の既得権を脅かす側面がある。

今、日本はアメリカ型でなくヨーロッパ型に向かっているのではないか。ヨーロッパでは労働者の権利が強く保護され、解雇は少ない。やむなく解雇するときも、勤続年数が長いほど安泰なしくみなので、若者から解雇され、一度解雇されると永年勤続の権利を得られないから、不安定な状況が続く。日本でも正社員を解雇する会社はほとんどなく、既得権を持つ人は生き残る。だからこそ階層化して、格差が問題になる。一方アメリカは、役員であってもクビになるから、流動性があってチャンスが多いように見える。日本もアメリカ的に成果主義などを入れようとしたが、半端な入れ方が多いから、却って階層社会化が進んでいる。

あるいは、昔の日本では教育が上の階層に行くための手段だったが、近年は教育にもお金がかかり、親が金持ちで高学歴だったら子供もそうなるという、かつてと違う状況が現れ、格差が固定化しつつある。

この格差は仕方のないことか、それともよくないことなのか。格差が生じた前提を問わないといけない。基本は、公正・フェアネス。市場競争の基本は「機会の平等」だが、往々にしてそれが問われないまま結果だけが重視され、現状は既得権を持つ人に有利で、差がありすぎる。

例えばパート社員と正社員、働きは同じでも待遇は大きく違う。たとえパートで入っても、できる人は給料を上げ雇用を保障する。逆に正社員でも働きの悪い人は減給することがセットでないと、経済社会は成り立たない。つまり、機会均等の実現には、リスクの適切な配分が不可欠。本来リスクをとる人が高給を取るべきなのに、今は自己責任の名のもとに、パートなど弱い立場の人にリスクをとらせようとしているのが問題だ。

ところが、再チャレンジを言う人はいても、正社員で怠けている人をどうするかには気づかないことが多いし、気づかないふりをしがち。誰しも身近な人にイヤなことは言いたくないから、遠くのパートより近くの正社員が守られやすい。そして、日本社会には、気の合うもの同士、仲良く暮らし、その中で和を保ちたいという「身内感覚」がある。「和の精神」は美しいが、見えないところまでは行き渡らない。本来なら、身分やポストでなく、果たす機能・役割で見るべきなのに、和の文化は、パートと正社員など、人を身分で分けて本当の問題を見ない。それは楽ではあるが、活力は生まない。

ではどうするべきか。和を乱さない程度に隙間をつくり、不満を解消する方法もある。実は多くの国はそうしており、ヨーロッパでも格差が大問題にならないのは、階層社会で人々が早くに諦めるから。一方アメリカは一見みんなにチャンスがあるが、失敗したとき最低限の保障もないことが多く、それはそれで悲惨。だから欧米を真似て、早くに諦めさせたり、象徴的に大抜擢するのも一つのやり方だが、日本に合った方法でやらないと、善い社会にはならない。

仮に日本が理想を追求するというのなら、身内の和の精神は変えないといけない。和を尊重し情に流されやすいと言われがちな日本人だが、意外ときちんとやっていることもある。それはルールを守ること。一度決まったルールはきちんと守る習性がある。実際、明治以降の日本の発展はそういう力による。義務教育にしても欧米より遙かに制度を徹底させたし、戦後復興期も、現場に即した日本型システムがいったんできると、それを守り、世界に冠たる経済大国を築いた。

そのシステムに少し垢がたまってきたのが今の状況。高度成長期には両立していた終身雇用制と年功序列が、両立できなくなってきた。少子高齢化のなかで年功序列を維持するなら定年を早めるしかないし、終身雇用を貫くなら年功序列をやめ実力主義にした方がいい。若い働き盛りの頃、高給を払い、働きが悪くなれば下げる。そうすれば再チャレンジも可能になる。安い給料で試しに雇い、働きに応じて上げるようにすればいい。

成功して既得権の垢がたまりすぎ、今、日本は元気を失っている。かつてダニエル・ベルが指摘したように「資本主義の文化的矛盾」というメカニズムが働いている。資本主義は、ひたすら勤勉に働く人々に支えられて始まるが、資本主義が拡大すると豊かになった人々には働く理由がなくなり、稼げなくなる……。

しかし、何かおかしいと思いつつ、閉塞感だけが拡がるより、やれば報われる社会の方が生産性も上がるし、何より活力が出てくる。もちろん、何も変えずこのまま逃げ切りたい既得権者もいるが、それは具合が悪い。

社会を変えるには、損得でなく「正義」で引っ張る。頑張れば報いられるのが「正義」。頑張らないけど報いられる今の状況を変えたくないというのは「既得権」。しかし社会的正義はみんなの役に立つ。日本社会全体に活力を甦らせる。

つまり再チャレンジは「恵まれない人の闘争」ではない。再チャレンジ社会とは、失敗した人の救済だけでなく、成功者にも変革へのインセンティブを与えることによって実現する。敗者の救済と考えるのではなく、「機会の平等」を実現することであると前向きに捉え、失敗が人生を通じて損にならないよう、税制や社会保障などの制度を変えていくことだ。

これは政府が制度を変えるのが第一ではあるが、それだけではできない。社会が変わったからしくみも変えようと、みんなが発想を変えることが大事。明治維新や戦後の焼け跡の中で、日本人は大きく考えを変えた。その時は目に見える変化だったから、考えを変えやすかったが、先進国では目に見える変化がないので難しい。見えないのを良いことに「見たくない現実」に目を瞑るのではなく、しっかり現実を見て、どうすればいいかという議論が必要ではないか。

その点で、日本がまだ大丈夫だと思うのは、変えるべきだと思っている人が大勢いること。人間もそうだが、もうこれで十分という国は伸びない。

よくないところはよくないと認め、必要な変革を行うための調整を社会全体で行う。
それには既得権者が権利を手放さないといけない。若年失業率の問題も、団塊世代の父親が高い給料を取っているから、企業は若者を雇う余裕がなく、息子がフリーターになる。父親が息子のことを考えれば、調整は可能ではないか。

日本人は割とブームに乗りやすいから、みんながその気になったとき、制度を変えればいい。変えるにあたり、私は全面的に再チャレンジ可能にすることだけが選択肢ではないと思っている。部分的に変えればいい制度はたくさんある。公正な制度、困ったときに役立つ制度とは何かを一つずつ見直していくうちに、変化への合意ができてくる。そして日本人はやる気になればすぐにやり、決まったことはきちんと守る。だからやってみれば意外と早く決着がつく。

この国を建て直し、もっと元気な日本へ──
今、必要なことはあちこちで声を上げること。昔は良かったと言っても仕方がない。時代は変わったのだから、変える議論をしていく。ターニングポイントを迎えた日本が、このまま元気をなくしていくのか、日本なりの新しい社会をつくり直すのか──すべては人々が声を上げるところから始まる。 ■


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