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村田 晃嗣・同志社大学法学部教授

2007.07.01
「80年代とのアナロジーで考える、21世紀日本へのリスタート」

村田 晃嗣・同志社大学法学部教授

村田 晃嗣  むらた こうじ
同志社大学法学部教授(外交史・安全保障政策)
1964年神戸市生まれ。同志社大学法学部卒、神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。91〜95年米国ジョージ・ワシントン大学留学。広島大学専任講師、助教授を経て、2000年同志社大学助教授、2005年教授。第二次世界大戦後のアメリカ外交・日米関係と東アジアの安全保障など研究。著書「プレイバック1980年代」「アメリカ外交─苦悩と希望」「米国初代国防長官フォレスタル」「大統領の挫折」、共著「戦後日本外交史」、訳書「国際紛争─理論と歴史」「アメリカの対外関与─アイデンティティとパワー」など。京都日米協会理事。テレビ朝日「スーパーモーニング」金曜日のメインコメンテーターなども務める。


http://www1.doshisha.ac.jp/~kmurata/
http://blogs.yahoo.co.jp/kojim1964

パフォーマンスに長けた強い政治的指導者、日米関係重視の政策、上向きの景気、キーワードは「民営化」──こう来ると、郵政民営化などここ数年の日本を想起しがちだが、我々はこういう状況を以前にも体験した。三公社(電電公社=現NTT、専売公社=現JT、国鉄=現JR)の民営化などが行われた1980年代だ。

1980年代とは一体何であったのか?
どことなく現代に通じる80年代を、きちんと歴史の中に置くことで、21世紀、新しい日本のリスタートを切りたい。そう思い、少し80年代を振り返ってみる。

共通点があれば、もちろん相違点もあるわけで、最大の相違は、国際社会における日本の立場だ。80年代の日本は明らかに昇り基調。国際社会では「強すぎる日本」が問題視され、日米経済摩擦も慢性化。イギリスの経済ジャーナリスト、ビル・エモットは89年(邦訳90年)『日はまた沈む』を著し、日本経済の衰退を予測した。実際、日本はその後バブルが崩壊し、長い低迷期に入る。今度は「弱すぎる日本」が国際社会の懸念の的になったわけだが、その彼が、2006年『日はまた昇る』を著し、復活の兆しを論じているのも、興味深い符丁だ。

ともあれ80年代、増え続ける貿易黒字のなかで、日本企業は世界的な名画や不動産、名門企業など海外資産を買い漁った。一方ここ数年、日本が外国のヘッジファンドの餌食になるという議論がされているが、それは20年前に日本がやったこと。自分たちが「加害者」であったときは、海外からの批判に鈍感で、アメリカの生産性が低いからだと言っていたのに、今度自分たちが「被害者」になると過剰に反応する面がある。あるいは「羮に懲りて膾を吹く」。かつてのバブル崩壊に企業が過剰に学んでしまい、収益が上がっても次の手が打てず、不適合を起こしている面もある。

しかし大事なことは「自省」と「自制」。自らの国と社会が経験した成功と失敗を、冷静かつ謙虚に振り返る「自省」と、自らの力の限界を客観的に見据えて行動する「自制」である。

今は80年代のようにどんどんパイが大きくなる時代ではないので、日本の社会や経済が持っている比較優位をどう戦略的に評価するかが非常に大事。例えば、地球環境問題が深刻化するなかで、日本が2度の石油ショック以降培ってきた環境技術や温暖化防止へのノウハウ・経験は、自信を持って世界でシェアすべきだし、また日本で少子高齢化が不可避の趨勢なら、それは教育制度や雇用制度を抜本的に見直す絶好のチャンスと捉えたい。

加えて新しい兆しとして80年代との大きな違いは、NGO・NPOの果たす役割が大きくなったこと。日本ではNGOやNPOを育てる基盤はまだまだ弱いものの、環境や教育の問題にも、国や企業だけではきめ細かな対応が難しくなるなか、それらを担う豊かで多様な市民社会が花開きつつある。

このような状況の中で、今後最も変えるべきは、やはり日本人の「マインド」ではないか。

上り坂の80年代。上り坂の社会というのは、自らの「国力の限界」への自覚が足りないと思う。今後日本経済が絶対値で活力を取り戻しても、少子高齢化や中国・インドの台頭などを考えると、相対的に国際的地位が下がることは避けられない。逆に言えば、人口約1億2000万人、わずか38万平方kmにも満たない国土で、資源もない国が、一体いつまで世界第2位の経済大国でいられるのか。むしろその方がアブノーマルな状態だと思うが、日本は戦後何十年もその状態を続けてきた。常に今日より明日が良くなる、豊かになるという経験を続けた日本人にとって、今日より明日は貧しくなる、あるいは我々より豊かな人々が大勢現れるかもしれないという状況は、ほとんど初めての体験だ。

しかし客観的に見て、日本の国力には自ずと限界がある。一国の外交や政治は、我々がトランプをやるときと同様、手持ちの札でしかプレイできない。いかにカードの名手でも手札が悪ければ負けることもある。我々は昔のようにずっとロイヤルストレートフラッシュを持ち続けているわけではない。それを自覚しておかないと、プレイヤーの腕が悪いという話になって、フラストレーションが続くだけ。それは非常に不健全なことだ。

90年代の失われた10年で一度自信は喪失したのに、一方では力の限界に無自覚なまま日本の国力に過剰な期待を寄せる人と、他方、バブル崩壊の心理的トラウマを引きずって過度の悲観論に陥る人。両極端で、いずれも日本の国力を正しく捉えていない。自分の手札では1位は難しいが、3位くらいにはなれるかもしれない。そのためにはどこで札を切ればいいかという訓練が欠けている。

日本の国力を正しく自覚するため、まず必要なのは、国際社会での経験だ。日本人には、自分の国や社会を若い頃から他国との比較で考える習慣がまだ足りない。欧米なら大学生が卒業前の半年や1年を他国で暮らすのは当たり前だが、日本では就職に差し支えるなどの理由で、若いうちの国際経験が少ない。

言論の世界でも日本のオピニオンリーダーの不幸は、日本語で喋っていれば食べていけるだけの国内言論市場があること。東南アジアの国々は母国語で発信しても市場が小さすぎ、英語で発信せざるを得ないが、国内発信だけの日本では言論の質が国際的広がりを持たず、世界に向けた発信ができていない。

隣国中国の台頭にしても、中国全土が日本と同じ経済水準に達するには相当の歳月を要すると思うが、沿岸部の上海など一部の大都市圏が日本の首都圏や関西圏を遙かに凌ぐ経済水準に達することはさほど非現実なことではない。その時に内陸部は貧しいと言っても、我々に手強い競争相手が出現することに変わりはない。また中国経済はバブルで、今に激しく崩壊して自滅するという人もいるが、中国経済が崩壊すればその余波で日本も無事ではいられない。

国際社会の中の日本──戦前の日本は軍事力で一等国をめざし、戦後は経済力で世界第2位の大国を実現した。そして21世紀、日本は責任ある「政治」と健全な「経済」を維持・発展させながら、「文化」を国力の重要な要素の一つと考え、それを戦略的に活用する発想が必要ではないか。80年代は文化も元気だった。アニメや映画などサブカルチャーも含め、文化で世界をリードできる日本でありたい。過度に楽観することも悲観することもなく、政治・経済・文化のバランスの取れた日本へのリスタート。80年代の経験に今こそ学ぶ時に来ている。 ■


関連資料

「1980年代」年表

関連図書

「世界と日本」を読み解く15冊



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