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大場 恭子・金沢工業大学科学技術応用倫理研究所研究員

2007.06.15
「少子高齢社会を支えるエネルギー
  ──原子力の理解促進に求められる科学技術コミュニケーション」

大場 恭子・金沢工業大学科学技術応用倫理研究所研究員

大場 恭子  おおば きょうこ
金沢工業大学 科学技術応用倫理研究所研究員(原子力社会学・科学技術倫理)
1973年東京生まれ。多摩大学経営情報学部卒、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了(エネルギー・環境)。複数の研究所に非常勤研究員として勤務しながら、東京大学文学部行動文化学科社会学専攻および東京大学大学院工学系研究科システム量子工学専攻に研究生として所属。エネルギー問題や原子力問題と社会との関係について研究を積んだ。2002年より現職。03年度〜05年度東京大学生産技術研究所研究員兼任。日本原子力学会倫理委員会副委員長、日本原子力学会社会・環境部会運営委員、電気学会技術者倫理委員会委員。共著「実践のための技術倫理─責任あるコーポレート・ガバナンスのために(東京大学出版会)」、「技術者倫理(放送大学)」など。


http://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/ACES/main/about/org_j.html

原子力発電との出会いは学生時代。
私は親戚が広島にいて、子供の頃、毎年夏を広島で過ごしていた。広島では原爆の話は避けて通れない。両親が戦前派ということも影響したのだろう。私は夏休みの自由研究でも原爆や戦争についてを取り上げたことが少なくなく、結果、「原子力=原爆」という認識でずっと来た。恥ずかしい話だが、学校で原子力を学んだ記憶はなく、発電と言われても、火力、水力の次は風力や太陽光に飛んで、原子力発電を認識していなかった。

大学に入る頃、親友の身内に原子力工学を研究している人がいることを知った。原子力って爆弾じゃないの? 原子力発電って何? 私が使ってる電気が原子力で出来ているの? 衝撃だった。どういうしくみなんだろうと、さっそく図書館で調べたり、講演を聴きにいったり……。

親友の身内がやっていたから、最初から悪いイメージはなかった。いろいろ知り、「原子力って面白いかも」と思った。その「面白い」は技術的な側面だけじゃなく、社会的な側面も──当時、原子力は「白と黒」の議論だけがなされているように見えた。原子力に携わっている人は「いいものだ、いいものだ」と言い、反対している人は「悪いものだ、悪いものだ」と。この状況が、とても滑稽に見えた。電気はみんなが使っているものである。「悪い悪い」一辺倒ではおかしいし、かといって、爆弾で使われる技術である以上「いい」だけでもないだろう。もっとみんなでいい面・悪い面の両方を認めた議論、「グレー」の議論をすることが必要じゃないかと。

漠然とそんなことを考えながら、自分の生き方を考えたとき、ふつうの生活者、あるいは女性という立場に立って、エネルギー・コーディネーターという仕事はできないかと思った。私は原子力の専門家ではない。でも、自分なりに原子力のことを学び、エネルギー全般の知識も得た。そんな私なりの視点を活かし、なにか専門家や一般の人を結びつけるようなことはできないか。専門家がダンと立っちゃうと、もうそれだけで話の内容が難しそうに感じられ、話を聞く耳をシャットアウトしてしまうような人も、私みたいなのが話せば聞いてくれるかもしれない。

科学技術コミュニケーションに向かったのは、原子力の専門家が一般の人には難解すぎる本を書いたり、難しい言葉で喋っている点に問題を感じたからだ。もっとみんなで原子力について語り合い、考えたい。だが、社会学、そして旧原子力工学科で研究を進めていくうちに、双方向であるコミュニケーションのあり方ではなく、 コミュニケーションを成り立たせるために専門家が何をすべきか。どうあるべきか。現代の専門家にはどういう責任があるのかを注視するようになり、最後に「技術倫理」に行き着いた。「倫理」を選んだ背景には、「原子力=爆弾」と思っていた過去の自分の持っていた意識も影響しているだろう。原子力技術は平和利用に特化してこそ、という思いは強い。

こうして原子力と関わって15年、このところ、原子力に対する人々の意識が、変わってきた印象を持つ。どんどん電気に依存し、またそれが当たり前の世代が増えてくるなか、石油価格の高騰などにより、石油がなくなることに対していよいよの切実感を持ち、結果、原子力の必要性を認めるようになったのだろうか。ただ、これは、あくまでネガティブな支持だ。原子力発電がどういったものかの知識が広まったわけではない。たとえば、ある研究所が行った調査では、原子力発電が地球温暖化の原因になっていると思っている人が非常に多かった。

私自身は原子力は必要──温暖化問題も含め、少子高齢社会に非常に貢献できるエネルギーだと思っているから、「どうか?」と聞かれれば、「やる」と。もちろん高レベル放射性廃棄物の問題や、ワンススルーじゃダメという問題もあるが、人間がコントロールできる技術であり、また平和利用に限定して利用し続けられると信じている。だが最終的に原子力発電を利用するか否かを決めるのは、私ではない。一般の人たちだ。やっぱり怖いからイヤだというなら、原子力のない世界をみんなで創りあげればいい。けれども、まず判断するために必要な情報が正しく伝わっていない現状では、何も決められないだろうし、決めても意味を持たないだろう。原子力を含めたエネルギーの教育、そしてコミュニケーションが重要になってくる。

現代の専門家には、一般の人からの質問に、きちんと相手にわかるように答える能力も必要。専門家は、自分の喋りたいことだけを喋りがちで、コミュニケーションを図っているといいながら、一方通行のことも少なくない。本当に原子力のことを知って欲しいなら、自分からは喋らず、人々が投げかけてきた疑問に的確に回答していくことから始めないとダメ。一人ひとりの質問に誠実に答えていくことで、信頼感も知識も醸成される。

ふつうの人にとって原子力は、目に見えないし、手に取れないし……ハードルが高い技術。だからこそ、専門家はわかりやすく話さなくては。

科学技術コミュニケーションで重要なのは、相手に科学技術の知識がどれくらいあるかわからないなかでコミュニケーションせざるを得ないこと。だからどんな相手でも、今話している技術についてイメージできるような「たとえ」をいくつも持っていることが、大きな意味を持つ。そもそも洗濯にしろ料理にしろ生活のなかには、化学反応がいっぱい! みんな日頃から科学技術に囲まれ、科学的なことをしているのに、いざ「科学技術」と聞いた途端、自分たちの生活とはかけはなれたものと思ってしまう。そんななか、「核分裂が」なんて言ったら、途端に思考が止まってしまうのは、普通のこと。原子力の話も、普段身近にあるものにたとえて話す。それが信頼や安心につながる科学技術コミュニケーションとして有益だと思う。

そして、もうひとつ重要なのは、良い面ばかり知らせるのではなく、最初からきちんと全体を見て、良い面・悪い面を両方知らせること。そうしないと、あとから「隠していた」と思われてしまう。

もっと自然に、オープンに。必要なのは、正しいことを正しいと言える風土、評価すべきものを評価する風土だ。原子力の場合、一般社会においては、反対する人の方が元気な印象が強い。なんとなく賛成といいづらい感がないだろうか。けれども以前に比べ、「グレー」の議論がなされるようになった今、一般の人は専門家に何を投げかけるべきか、専門家は一般の方に何を伝えるべきか、それぞれが改めて考える時期だと思う。

若い世代は、原子力への怖さはあるにしても必要性の認識も高い。そうした彼らと専門家が、安全性について、きちんと向かい合って、信頼を高めるような、安心につながるような、適切なコミュニケーションを取れたなら、原子力をとりまく社会の状況は、変わるのではないだろうか。

信頼を高める──目に見えるものなら手にとって触って判断できるが、電気は見えない。その上、原子力は怖いと思われる対象の放射線も見えない。となると、その人が接した「人」がどういう人かで、その組織や技術への印象が違ってくる。つまり、応対した人で、企業や技術の印象が決まってしまう。このことを原子力に携わっている電力会社の人や大学の教員といった「専門家」はどのくらい意識しているか。原子力に携わる人が、まずその自覚を持つことが、何より大事だと私は考えている。 ■


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