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甲野 善紀・武術研究者;神戸女学院大学客員教授

2007.06.01
「少子高齢時代を生きる基礎体育」

甲野 善紀・武術研究者;神戸女学院大学客員教授

甲野 善紀  こうの よしのり
武術研究者;神戸女学院大学客員教授
1949年東京都生まれ。東京農業大学中退。合気道、根岸流手裏剣術、鹿島神流の剣術、抜刀術などの武術を学び、78年武術稽古研究会・松聲館(しょうせいかん)を設立(2003年同会を発展的解散)。以来、他流儀や異分野との交流を通して、現在では失われた精妙な古伝の術理を探求しつつ、武術の研究を行っている。プロ野球・桑田真澄投手や、バスケットボールの浜口典子選手、卓球の平野早矢香選手をはじめとするスポーツ、楽器演奏、舞踏、演劇、介護、医療という異分野から集まって来る人々を指導。最近は、人工知能やロボットなど工学関係者との交流もしている。著書『剣の精神誌』『表の体育・裏の体育』『武術を語る』、『スプリット』(共著・カルメン・マキ、名越康文)、『身体を通して時代を読む』(共著・内田樹)、『武術への招待』(共著・井上雄彦)、『“古(いにしえ)の武術”に学ぶ』、『身体から革命を起こす』(共著・田中聡)、『剣の思想』(共著・前田英樹)、『古武術の発見』(共著・養老孟司)、『自分の頭と身体で考える』(共著・養老孟司)、『武学探究』『武学探究・巻ノ二』(共著・光岡英稔)、DVD『甲野善紀身体操作術』など多数。


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近年、人工知能にも身体は必要であることがわかってきた。 コーヒーをこぼして、「あ、拭かなきゃ」と──そのくらい簡単なことでも、全て一から始めるには無限ともいえるあらゆる状況を教え込まないといけないからである。しかし身体という限定されたものがすでにあれば、その手間はずっと少なくてすむ。

お茶を飲もうと手を伸ばす。それは脳で命令していると思われていたが、最近の研究では、実は先に手が出て、脳は追認している、ということがわかってきた。かつて、人工知能やロボット研究で、「判断」には「身体」は関係ないと思われていたが、身体というものが能力を育てる上で実に重要だということがわかってきた。つまり身体の機能を上げていくことが、人間の能力を上げることにつながる。

ところが肝心の人間は近年ますます身体を上手に使えないまま、能力を低下させている。

最近、たかが5kgか6kgのわが子を背負って腰が痛いと訴える若い母親が増えているが、昔は10歳くらいの子供が赤ん坊を背負って遊んだり、手伝いをしていた。今、高齢化社会とも相俟ってバリアフリー化が進んでいるが、このことも安易に歓迎はできない。というのもバリアフリー化が進むとかえって人間の機能は退化する傾向が見られるからだ。これは、人に会うのが苦手だからと、何でもメールで済ませていると、若年性健忘症になる、ということとも共通する問題だ。人と会うということは、相手の相槌や表情によって自分の次の言葉を探したり、それを発するタイミングなどを瞬時に判断しながら全身で対応していくわけで、身体を通した行動をすることで予想外の発想や刺激、快感が得られる。

日本のものづくりの現場で、最近、アイデアの枯渇が問題になっている。既存のものに機能を付加することはできても、根本的に新しいものを発想する力が衰退していると囁かれるが、これも、子供の頃から身体を通して遊んでいないことが大きな理由ではないだろうか。

手を使って何かを削ったりすることもなく、キャッチボールのボールすら捕れない子供が増えている。テレビゲームなど、2次元画面の中で繰り広げられるバーチャルな遊びばかりしていると、3次元の現実世界では、ボールが飛んできても、どのタイミングでどう手を出せばいいかわからないらしい。便利になりすぎたがために、人間として基本的なことができなくなっている。

少子化で教育の重要性が言われるが、身体を通して学べば、しっかり身につく。小学校低学年なら「国語と歴史と体育があればいい」というのが私の持論。歴史の中に算数も理科も社会も含め、人間が何を発明し何をやってきたかをまとめて学べば興味の持ち方も違ってくるだろう。そしてそれを体育、つまり身体を通して学ぶ。比例計算やテコの原理もシーソーに体重の重い子と軽い子を乗せて体感させればよくわかるだろう。そして何より体育は、人が生きていくための身体の使い方を学ぶもの。

にもかかわらず、そういう「体育」を軽視してしまうのは、「科学、科学」と何でも科学で説明しようという風潮だ。

しかし最先端の歩行ロボットにしても、その原理をすべて説明できるわけではない。荒れ地でも平気で進み、バランスを崩しても立ち直るロボットは、それこそ作物や家畜の品種改良のようにしてつくりあげられてきた。膨大な数の部品や回路を片っ端からコンピュータ・シミュレーションし、良さそうなものを組み合わせた。したがって、とても理論的に説明しきれるわけがない。工学分野はある意味、結果オーライだから、そういうことは少なくない。ヘリコプターだって実はなぜ上手く飛べるかよくわからないそうだ。経験を重ねて徐々に安定的に制御できるようになった。まさに「事実は小説より奇なり」。科学や理論で説明できないことは山ほどある。

なぜなら、科学による説明というのは「AのときB」「BのときC」という「1対1」対応の線形的展開。1対1なら説明できるが、「三体問題」となると、解けない。太陽と月と地球が相互に引力の影響を及ぼし合う場合、その位置や動きは正確には把握できない。このことは、19世紀から知られているが、今もって全く解決できない。

当然、人間の身体は複雑でわからないことだらけ。現実世界では、ピアニストは左右の手が同時に別々に動いて演奏できるし、車の運転でもクラッチを踏みながらギアチェンジしてハンドルを切るということを同時に行う。つまり優れた動きは同時並列で進行する──効率のいい動きは、両手両足が別々に同時進行している。それは意識的には不可能な動き。意識的にやろうとすると、途端にできなくなる。だから身体の動きを意識や論理、科学で説明しようということ自体に原理的なムリがある。

私がスポーツ関係者にトレーニング法を聞かれてお薦めできないものの代表が、科学的と言われるウエイト・トレーニング。ウエイト・トレーニングは、重いものを持って身体に負担をかけることで筋肉を太らせるが、同じ重いものを持つにしても、仕事の場合はなるべく身体に負担をかけないよう、重く感じないように持つ。一見同じことをしているように見えても中身は正反対。今大相撲でモンゴル勢が強いが、モンゴルは数十年前の日本と同じ。子供の頃から農作業や家の手伝いなど、仕事でつくった身体がある。バーベルなどでつくった身体とは全く違う。現相撲博物館の館長でかつての名横綱大鵬 元親方もウエイト・トレーニングには懐疑的だという。

仕事ではなるべく効率よく全身に負荷を散らすよう身体を使う。効率よく身体を使うということは、ある動きをするとき身体のより多くの部分が参加するということだ。より多くが関われば、各部分の負荷は少なくなる。一方、ウエイト・トレーニングは部分的にあちこち強化するから、「俺が俺が」という「お山の大将」がそこら中に出てきてしまう。船頭多くして船山に登る──互いに競い合って、肉離れが起きたりする。

そう考えれば、身体は「組織」のモデルでもある。「俺が俺が」ではなく、大事なことはネットワーク。糸電話のように切れず弛まず適度に緊張を持って全体がつながるような動き。そういう効率のいい身体の使い方をまず身につけ、その上で、重い物を持つなど負荷をかけてもネットワーク、団結力が損なわれないようにすればいい。

要は人間の自然な動きとは何か、それをどう引き出すかが非常に大切。左右同側の手足を一緒に動かす、いわゆる「ナンバ歩き」は階段を昇るときにラクだし、重い荷物も刀を握る要領で親指と人指し指は浮かして、手首を起こせば、薬指中心に小指と中指で引っ掛けて持つこととなり、そうすれば重心が中心軸に来て軽く持てる。寝ている人を起こすとき、手の甲で支えれば、腕の力だけでなく背中につながるから片手でラクに起こすことができる。

さらに椅子に座っている人をそのままの姿勢で抱き取る「浮き取り」──普通に抱くと腿だけ上がって腰が落ちてしまい、抱く方も抱かれる方もツラいが、自分の足裏を浮かせるようにしながら沈み込めば、まず、自重で相手が浮いて軽く抱ける。介護をする側もされる側もラクになるよう私が創った技だが、なぜできるか科学的に説明はできない。

昔の単純な帆掛け船は抗力利用の追い風でしか前へ進めないが、三角帆のヨットなら向かい風でも風さえ吹けば揚力を利用して、ジグザグ走行で前に進める。人間の身体も工夫次第でヨットが逆風を利用するように相手の力も利用できるのに、人間の身体の動きでは複雑すぎて「科学的」に説明できないから、この「浮き取り」も単に不思議な技と思われるだけで介護現場に浸透しない。

我々は「科学という、単なる方法論の一つに過ぎないもの」の限界をもっと率直に認めるべきだ。特に身体を上手に使うことに、まだ科学はそんなに介入してはいけない。論文を書くことが目的で論文を書きやすくするために人間の動きを部分化し、限定化するのは、本末転倒も甚だしい。人間の身体は一番身近にある自然であり、組織をはじめあらゆるもののモデルでもある。そして実は人間の身体ほどエネルギー効率が良いものはない。握り飯10個ほどでヒト型ロボットが一日中動いているようなもの。とすればある意味、今後の人類が志向する分かれ道は、人間の思考まで読み取って人間の労働のほとんどをやってくれるロボットの出現を良しとするか、それとも自分のよく動く身体を使うことに喜びを感じる生き方をするのか──最先端科学と言える人工知能研究で身体の重要性が認識されるなか、ロボットによる便利さか、自分のよく動く身体か、我々は今、究極の選択を迫られている。 ■


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