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松原 隆一郎・東京大学大学院総合文化研究科教授

2007.05.15
「成熟時代、消費文化の行方」

松原 隆一郎・東京大学大学院総合文化研究科教授

松原 隆一郎  まつばら りゅういちろう
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授
1956年神戸市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院経済学研究科理論経済学専攻博士課程修了。85年東京大学教養学部助教授、のち教授。消費社会化した資本主義の分析には定評がある。主な著書「分断される経済」「長期不況論─信頼の崩壊から再生へ」「消費不況の謎を解く」「消費資本主義のゆくえ─コンビニから見た日本経済」「豊かさの文化経済学」「思考する格闘技」「挌闘技としての同時代論争」「さまよえる理想主義」「自由の条件」「経済思想」「失われた景観」「武道を生きる」、共著「消費の正解─ブランド好きの人がなぜ100円ショップでも買うのか」など。


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少子高齢化は問題ではない。
もともと江戸時代など、日本の人口は3000万人弱だったわけで、人口が減ること自体が問題ではない。労働者不足になるとも言われるが、これは「定年」という人為的制度を設けたせいであり、生物学的に寿命が延びたなら、定年を延ばせばいいだけの話だ。

尤も働き続けるかどうかは本人次第。生産主体であることを辞め、消費するだけの主体となる人も多いだろう。その際、高齢者向けのサービスは同世代の高齢者が行ってもいい。体力的にキツイ介護などは別にして、それ以外、元気な高齢者に対しては、同世代が行った方がいいサービスは多いのではないか。

となると、残るは年金問題だが、これも人為的問題だ。若い世代が高齢者を支える「賦課方式」にしたから、少子高齢化が「問題」になってしまう。しかも年金制度の導入当初、自分の将来に備える「積立」と理解した人が大半だったから、払った額より受け取る額が減るとなると不満は増大する。私はむしろ、年金は「保険」だと考える。同世代の中でたまたま早く亡くなった人が、たまたま長く生きた人を支える「保険」というシステムであれば全員にとってプラスになりうるので、加入を義務づける理由がある。しかし一方で税による再分配が義務づけられている現在、それ以外に再分配を課すのには論拠がないと思う。

ともあれ2007年、団塊世代の大量退職が始まるとあって、この世代に注目が集まっている。彼らは高度成長期の1960年代に10代を過ごし、高度成長が終わった70年代に社会に出た。団塊世代は学生運動のイメージが強いが、学生運動による革命には失敗し、社会に出たあと、高度成長期以降の消費社会をつくるという革命で成功を収めた。

高度成長期というのは、生産者・供給者主導のものづくりの時代。ところが70年代になると安いだけのモノが売れなくなり、企業は消費者に注目。生産者主導から消費者主導へと大きく舵を切ったのが70年代だ。それは、アメリカ型の大量生産大量消費社会から、多品種少量生産のような日本型の消費社会への転換でもあった。

その日本型消費社会の典型として登場したのが「コンビニエンスストア」。供給側に主体性はなく、あくまでも消費者主導、客が欲しいモノを売る。その前の高度成長期の流通の担い手は、「より安く」という思想を貫いた「スーパーマーケット」だったが、コンビニはひたすら客が買うモノ、つまり売れ筋商品を豊富な品揃えで提供するということを続けた。

私は、この顧客第一主義はちょっと行きすぎだったと思っている。企業が消費者のリクエストに応えすぎたことが、ものづくりの主体性を失わせ、地域コミュニティは崩壊させる──これが団塊世代がつくりあげた消費社会だ。消費者の要望に応えるにしても、それ以前に作り手の主張があるべきだ。

しかも日本の場合、個人消費は決して多くない。基本的に戦後日本は輸出頼み。今、景気が上向きなのは、企業が外国でモノを売っているからであり、内需は少ない。高度成長期は内需が多かったが、それは企業の設備投資が旺盛だったためであり、一貫して消費は少なかった。

今後、団塊世代が引退し、消費主体に専念したとき、一体どれだけ「内需拡大」に貢献するか。先行き不透明で消費が盛り上がらない若い世代に対し、年金不安もない団塊世代こそが、せめてその分をカバーするくらい消費しないと、国全体の内需は拡大しない。

だから企業も、輸出頼みで国際競争ばかり考えるより、もっと国内で売ることを考えてはどうか。例えば、グローバル市場で成功しているトヨタは、世界中どこでも通用する車をつくっているわけではない。国ごと・地域ごとにきめ細かく仕様を変えたことが世界中で支持を得た。ローカルな面を大事にするのが、もともと日本のやり方であり、得意な点。だから無理やり外に出て諸外国との摩擦を増やすより、国内で売っていく。国内でグルグル循環させることを続けていけば、自然と外でも通用するようになるはずだ。

さらに言えば、私は、消費のあり方自体を変えた方がいいと思っている。
つまり、もっと「ストック」を使う。国が成熟してくると否応なくストックは増えるし、また今や資源問題からもストック活用は必要になっている。

古いモノと新しいモノ、あるいは古いモノ同士をどう新しく組み合わせるか。新しい組み合わせの発案こそが、新しい消費社会のあり方だ。

戦後日本は、若いことだけに価値があるような社会をつくってきた。若さだけをもてはやし、高齢者の知恵や経験は時代遅れだと切り捨てた。それは次々と新しいモノに変えていく、「フロー中心」の社会。都市もスクラップ&ビルドを繰り返し、落ち着いた歴史的街並みは姿を消し、呆れるほど子供っぽい、見るに耐えない景観が出現。公園など、どこも同じような、ファンシィな子供仕様になり、ヨーロッパのように大人が楽しめる公園はほとんどない。

しかし今後はストックを使うことにこそ新しい価値をつけていく。文化とは、過去に蓄積されたモノや情報を「使う」力のことだからだ。

リサイクルやリノベーション。古い民家や町家を改修し、カフェやレストランとして使う。古いモノをそのまま使うのではなく、新しく組み合わせ、新しい価値をつくっていくことが、私にとっては理想的な消費社会・消費文化だ。

幸いそういう動きは少しずつ拡がっている。例えば、昔ながらの地域に根ざした牛乳販売店の宅配ルートを使い、有機野菜などカラダによい食品の宅配で成功している企業がある。牛乳販売だけでは頭打ちだったところに、有機野菜など今日的な付加価値をつけて、ルート自体を再生する。音楽にしても、過去のヒット曲のカバーバージョンが増え、共感を呼んでいる。

そして実は、そういうことを楽しんでやっているのは若い世代。団塊の世代が古いモノを壊し続けてきたのに対し、むしろ若い人の方が、町家や古い街並み、地域の人の縁など、古いと捨てられてきたものに新しい価値を見出している。

今、引退後の団塊世代が地域コミュニティに戻ってくると言われているが、私が危惧しているのは、団塊世代は往々にして同世代で馴れ合い、上の世代や下の世代とのつきあいが下手な点だ。

成熟時代──団塊世代が地域に戻るなら、年輩者なりの落ち着きと礼儀を身につけ、ストックを使おうとしている若い人たちの活動をサポートしてほしい。若い世代とうまく交流できれば、新しい消費文化を築く上で大きな力になるはずだから。 ■


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