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高田 公理・武庫川女子大学教授

2007.04.15
「身体の声を聴き、生活を遊ぶ──『大人世代』の新たな楽しみ」

高田 公理・武庫川女子大学教授

高田 公理  たかだ まさとし
評論家;武庫川女子大学生活環境学部教授(情報文明学;観光文明学)
1944年京都市生まれ。京都大学理学部植物第二学科卒。学術博士。広告制作業経営、シンクタンク主任研究員、愛知学泉大学教授などを経て、92年より現職。現在の研究テーマは観光現象の比較文明学的研究(「情報文明社会の旅と人生─地球をフィールドとして」)。著書「文明としてのツーリズム」「夢 うつつ まぼろし─眠りで読み解く心象風景」「嗜好品の文化人類学」「料理屋のコスモロジー」「なぜ『ただの水』が売れるのか─嗜好品の文化論」「転生する風土─『街』を見つける、『日本』を歩く」「情報快楽都市─街を生かす空間美学」「酒場の社会学」「いまどきの世相学」「都市を遊ぶ」など。


http://www.mukogawa-u.ac.jp/~hi/teacher/profile/takada.html

自分自身の生活の面倒を見られない人が増えている。
とくに団塊世代の男性には、会社人間が多い。彼らは生活の面倒を、専業主婦の奥さんに任せきりにしてきた。これは、ちょっとマズイ。
むろん専業主婦は「外で稼ぐ女性」ではない。しかし、人間が生きていくのに一番大事なことをやっているのだ。
このあたり、団塊世代の男性の多くには「未知の領域」なのではないか。

料理はもとより、掃除や洗濯も、その気になると結構面白い。そして、きちんと自分の暮らしの面倒を見る。そうすれば退職後の暇つぶしは、いくらでもできる。

ここで大事なのは「身体」だ。ところが、もっぱらビジネスにかまけてきた団塊の世代の男性の多くは、自分の身体が語りかける声を聴く習慣をあまり育ててこなかった。この回路がないと、本当の楽しみは、まず分からない。

げんに彼らの多くは「外から与えられる情報」に、やたら左右される。たとえば、グルメ雑誌が紹介する店に行って自慢する。でも本当は、空腹時に、そのとき「食べたい」と思うものが最もおいしいし、そんな食事が一番、楽しいはずなのだ。
それに、現代は健康不安の時代――にもかかわらず、身体の声を聴こうとはしない。かわりに、高度に発達した医療機器に依存して、血液検査や心電図など「外から与えられる情報」に一喜一憂する。
これでは「健康だ」といった実感を持つことすら、ままならない。

自分自身の身体の声を聴く。そこには、さまざまな発見がある。そして、自分自身の生活の面倒を、きちんと見る。すると、いくらでも面白いことが見つかる。

ただし、多忙にまぎれていては不可能だ。生産労働から解放されて自由に使える「ヒマ」が不可欠だ。それを古代ギリシャ人は「スコーレ」と呼んだ。「スクール(学校)」の語源となった言葉である。という意味で「学校」は「ヒマつぶしをする場所」にほかならない。そこから多様な学問や芸術や芸能が生み出されたのだ。
とはいえ、古代ギリシャで、生産労働から解放されたのは、ごく一部の富裕階層だけだった。ところが現代日本では「自由な時間=ヒマ」に恵まれた人の数が非常に多い。その典型の一つは、もはや生産労働に縛られることのない団塊の世代だろう。ならば、思いっきり「スコーレ」にかまけようではないか。

ところで、学問や芸術や芸能は、個性的でないと面白くない。だが、安心しよう。人はそれぞれ、背の高さや顔、食べ物の好みなどが皆ちがう。それは持って生まれた遺伝子や生きてきた環境が異なるからだ。
その結果、身体だけは、それぞれに特有の個性に彩られる。ならば、その身体の声に耳を傾けつつ、学問や芸術や芸能に遊ぶ。おのずと個性的な結果がもたらされるにちがいない。

そこで学ぶべきは、女性たちだ。彼女らは男性より、7〜8歳も平均寿命が長い。何故なのか。理由の一つは、女性の方が手を動かす機会が多いからだ。
というのも大昔、人間が二本足で立つようになった瞬間、手が移動という目的から解き放たれた。そして、遊びをはじめ、自由な目的に使われ始めた。その結果、神経を通して、手と直結している脳が、複雑に発達するようになった。
その脳が、さまざまな妄想を紡ぎ出す。こうなると、是非それを表現して他者に伝えたい。学問や芸術や芸能は、こうして誕生したのだと考えていい。

くわえて文明の発達が、それを加速した。
早い話が太古の昔、自然から手に入れられる獣の肉や魚、木の実や草の根などに生活を支えられていた時代、狩猟や採集は生存に不可欠な仕事だった。しかし、農業が始まると、それが遊びになる。やがて18世紀、工業の時代が本格化すると、農業のまねごととしての園芸が遊ばれるようになった。新しい文明社会が到来すると、一昔前の一番大事な仕事も、遊びに転化するのだ。
そして20世紀後半、いわゆる情報社会が幕を開けると、工業のまねごととしての「ものづくり」が遊びになった。のみならず、情報の時代には、実に多様な遊びの沃野が切り開かれることになる。

してみれば人類は、「脳が喜びそうなこと」を求めて、「遊びこそすべて」という時代を呼び寄せるために、400万年の歴史を生き抜いてきたのだともいえる。そんな時代の入口が「今」だとすれば、懸命に働いてきた団塊の世代の人々には、その最も初歩的な「ふだんの暮らしを遊び楽しむ」という試みに手をつけてほしい。

そのきっかけは多分ただ一つ。ルーティンワーク一筋だった人には、苦手かもしれない「好奇心」に目覚めることだ。これこそは、生命と元気の源でもある。
というのも動物は、みずからと「関係あらざるもの」と出会うことによって、生命力と元気を回復する。げんに次世代を作る性行動は、他の個体の遺伝情報を取り込み、いわば「自己のアイデンティティ」を危機にさらすことにほかならない。
たとえばゾウリムシである。彼らは細胞分裂で増殖する。しかし、それを繰り返すと活力が低下する。すると、他の個体と接合し、その遺伝子を受け入れて活力を回復する。逆に、クローンは弱い。ソメイヨシノというクローンの桜の寿命が短いのは、その証拠だ。
それを心のレベルにあてはめる。すると「関係あらざるもの」への「好奇心」がクローズアップされるというわけである。

このことは日常生活にもあてはまる。たとえば、毎日が同じなら、誰でも倦み疲れてくる。そんなとき「非日常の世界=異界」に出逢うと、「こんな世界もあったのか」と活力がよみがえる。だから人は、日常に倦むと、旅にでかけたくなるのだろう。
そこで「ビジネス一筋」だった団塊世代の男性に目を向けてみよう。すると、妻にまかせきってきた日常生活世界もまた、彼らにとっての「異界」の一つであることが分かる。ならば、その日常生活世界を楽しむ学習を始めてみよう。
その上で旅に出れば、異なる食文化、衣生活、住まい方などに、身体そのものが、まるごと気づいてくれる。異界への旅の効用は、さらに高まるに違いない。

さて、何か新しい体験をすると、つい人は他人に喋りたくなる。これが学問や芸術や芸能など、いわば「表現」という行為の原点であろう。旅行記、写真、絵画、俳句……なんでもよろしい。手に入れた「スコーレ」の受け皿の沃野は広大なのだ。

ただし旅は、自分の周りを見知らぬ世界で包んでくれるだけだ。何かの面白さを表現するには、自分自身を内側から、微妙に変えねばならない。
そんなとき、しばしば作家はたばこを吸い、絵描きや音楽家は酒を飲み、みずからの創造性を刺激する。ビジネスの現場でも、話が煮詰まったときなど、お茶やコーヒーで頭を冷やすことは少なくあるまい。そんな役割を果たす飲食物を一般に「嗜好品」という。

ここで注目すべきは「嗜」という文字だ。それは「老人の口に旨い」と書く。ただ、この場合の「老」は「年老いた」だけでなく「成熟した」という意味を併せ持っている。
現代は成熟社会だ。そこに生きる団塊の世代も成熟した大人だろう。ならば普段の暮らしに、ちょっと気分を変えてくれる多様な嗜好品を取り入れて楽しむ。そんな余裕に改めて目を開くことも大事なのかもしれない。

そういえば最近、香道の人気が高まりだした。室町時代に生まれた、この室内芸能は、明治以降、衰退した。近代社会が、もっぱら「視覚(目)と聴覚(耳)」を重視する文明だったからだろう。
しかし、ひるがえってみると現代社会は、目と耳を酷使しすぎだという気がする。だからこそ過去20年ばかり、味覚を追求するグルメブームが起こったのだ。こうしたトレンドを延長すると、今後は嗅覚を働かせて香りを遊び、快い風合いに肌を親しませるといったタイプの楽しみの領域が広がりそうだ。
目と耳に依存しすぎた近代社会の果てに、五感全体を楽しませてくれる遊びと楽しみの世界が広がっていく。そんな新しい文明社会を築きあげる「とば口」を、団塊の世代が切り開いてくれないものか。
「団塊の世代、日常生活を遊ぶ」――人の楽しみの基礎は、そこにあるのだと思う。 ■


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