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立岩 真也・立命館大学大学院先端総合学術研究科教授

2007.01.01
「2007年『問題』?──少子高齢社会への視点」

立岩 真也・立命館大学大学院先端総合学術研究科教授

立岩 真也  たていわ しんや
立命館大学大学院先端総合学術研究科教授
1960年新潟県生まれ。東京大学文学部社会学科卒、同大学院社会学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員(PD)、千葉大学文学部行動科学科社会学講座助手、国際日本文化研究センター共同研究員、信州大学医療技術短期大学部助教授などを経て、2002年立命館大学政策科学部助教授、2004年より現職。「少子・高齢社会はよい社会」と語る気鋭の社会学者。著書『希望について』『自由の平等』『生の技法』『私的所有論』『弱くある自由へ』、共著『所有と国家のゆくえ』、分担執筆『所有のエチカ』など。


http://www.arsvi.com/index.htm

2007年が明けた。この年はいわゆる「2007年問題」の幕開け。1947年から49年に生まれた「団塊の世代」が定年を迎え、大量退職が始まる年であり、少子高齢化問題の象徴のように言われることが多い。そして少子高齢化は、人口減少社会を招くということで、悲観的な論調も多く見られる。

さて、果たしてすべてがそうだろうか? まず、人が少なくなって良いことはいくつもある。同じものを少ない人数で割った方が、土地にしても住宅にしても余裕がある。人の少ない社会は余裕のある社会、というのは自明の理だ。

しかし一方で、人が少なくなると、働く人が減るわけだから良くないという話がある。とりわけ高齢者が増えると、その人たちの生活を支えるために、現役世代はもっと働かなきゃいけなくなる、と。けれどもそこに「誤解」がある。

何となく我々は、子供がどんどん減る一方で、高齢者が際限なく増え続けるような恐怖感があったりするが、そんなことはない。今、急カーブで高齢化が進んでいるのは、戦後の一時期、一度きりのベビーブームの影響であり、長い目で見れば一過性のもの。その意味で「団塊の世代をやり過ごす」ことさえできれば、2030年頃には高齢者の割合はほぼ一定の値に落ち着くはず。だから、これからますます大変さが続くという誤解はしない方が、安寧に暮らすためにはいい。

とは言え、働き手はどうする? 労働力不足が懸念されながら、一方では失業が存在している。失業率というのは、自分が失業していると思っていて、次の仕事を探す必要があって実際に探している人の割合。専業主婦のように、時間と条件が合えば仕事をしたいという人は大勢いるが、そういう人たちは失業者のカウントに入っていない。あるいはフリーターやパートタイマーなど、ソコソコ働いてはいるが、自分一人分養うほど働けているわけではない人は、若者から高齢者まで大勢いる。つまり、実際に働いている人よりも、働けるけれど働けていない人が多い状況は、戦後まもなく専業主婦層が出てきた時代から、もう長く続いていて、これからも続く。その意味で、働きたい人たちにきちんと働いてもらえば、働く人の数は大丈夫だと思っている。

もう少し言えば、一人の稼ぎで専業主婦を含む一家を養えてしまうことに、僕たちはもっと驚いても良いのではないか。僕の乱暴な見立てだと、近代社会は基本的には人が余っている社会。そこには技術革新による生産性の向上もあるわけで、同じ成果を上げるのに人手は少なくて済むようになり、人は余ってくる。高度成長期は専業主婦として女性が家庭に入ることで、ある意味、雇用調整ができていた。その後、女性の就業率が高まってくると、そのバーターで若年者雇用が減り、会社の中で少ない椅子の取り合いが起きてきた。今度、団塊の世代が辞めることで、若い人たちが職やポストを得ることができる。

もちろん介護や看護など一部には人が足りない分野もあるが、それは結局、労働条件の問題。そんなに大仰な話でなく、例えば時給を少し上げるとか、一日ソコソコの時間働けば一人分は養えるくらいの給料、人並みの労働条件を提供すれば、解決できることではないだろうか。

要するに、人が少なくてもいいことがあるし、高齢化が際限なく進み続けるわけでもない。働き手の問題は、技術革新による対応と、今十分働けていない人に働いてもらえばいいわけで、勝負は今後20年くらい。高齢化が一段落する2030年頃までの期間を乗り切ることが重要。そんな中で出生率低下が問題視され、少子化対策が叫ばれているが、今から子供を増やしても、当座は間に合わない。2007年に子供を産んでも、大学を出て就職するのは2030年。それまでが大変なわけで、今から子供を産んで勤労者に仕立て上げてという悠長なことをやるよりは、今働いていない人に働いてもらう方が現実的な対処法だ。

ついでに言えば、働かせるために子供を産もうという話はちょっとデリカシーに欠けた言葉。あまり大きい声で言うことじゃない。子供を産みたい人は産めばいいし、子供を産み育てやすい社会環境は大事だとは思うが、産みたくない人にまで産めというのは、大きなお世話。

むしろ、当面の現実的な対策を考えるなら、例えば「ワークシェアリング」。数年前に話題になったものの、進んでいない。なぜワークシェアリングが進まないか、進めるにはどういう仕掛けが必要か、それを考えるべき。多くの人が働き過ぎだと言っているんだから、アイデアとしていいことは間違いないが、少しやってみたが難しいというところで止まっている。ではなぜ難しいのか。

一つは、働く側にとって、シェアというのは給料そのままというおいしい話ではなくて、仕事も減るが給料も減るということ。それは困るという声がある。理屈としては夫だけが10割働いていたのを、夫婦で7割ずつ働き7割ずつの給料を得るようにすればおトクという話だが、では明日から奥さんが代わりに働けるかというとそうではない。制度、社会のしくみ自体が片働き用なので、簡単にはいかず、しくみの改良には時間がかかる。また企業にとっては、2人に半分ずつ働いてもらうのと1人で働くのとどちらがトクかという金勘定をすれば、1人で働く方が机も1つで済むというようなことになる。

ワークシェアリングが働く側にも企業にもトクになるには、いろんな手だて、前提がいる。明日からこうしようとしても、周りがそうなっていない。でも、一部のワーカホリックを除けば、大半の人はソコソコ働いてきちんと金を使って生活も楽しみたいと思っている。そういう生活を選べるよう、しくみを変えていかないといけない。

あるいは「年金」。年金を巡って、今の高齢者と現役世代の間に不公平感があるが、個人的には、戦後の一番大変な時期に働いてくれたからプレゼントとして大目に見てもいいと思う。だけど誰でも出すのはイヤで、貰うものは貰いたいのが人情。対立する気持ちを放置するのではなく、何らかの形でソフトランディングする必要がある。

ただ思うのは、日本の年金は貯金ではない。みんな貯金みたいに思っているから、積み立てたものが戻ってこないと、文句が出る。だけどそういうことは保険会社や銀行の仕事。僕は国の仕事は、簡単に言えば、多い方から少ない方に渡すものだと思っているので、そう割り切ってしまえば、多い方から集め、高齢者や障害者、割に合わないけど大切な仕事をしている人も含めて、そういう人たちがぼつぼつ暮らせるだけの所得保障のシステムに移していく方がいい。そして僕らは、年金を損得勘定で考えない方がいい。

少子高齢化──それに平然と対処できる社会をつくれないほど、僕らは愚かなのか。人口減少を避けられない与件として捉え、その上でどう振る舞うかを考える。既に構築されている現実を前提にして、事態は動いたり膠着したりする。変わらないものと変えるべきものは何か。問われているのは、一様でない現実への冷静で深い考察かもしれない。 ■


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