Insight時代を解くキーワード Presented by 関西電力
| HOME | このサイトについて | メルマガサンプル | 談話室 | 配信申込・解除 | お問い合わせ・ご意見 |
関西電力HPへ
Main Column Break Close up エナジー News Clip 関西電力 講堂(イベント/セミナー)
 

Main Column
 

宗田 好史・京都府立大学人間環境学部助教授

2006.10.01
「エコツーリズム──世界に誇る歴史観光と議定書のまち・京都から考える」

宗田 好史・京都府立大学人間環境学部助教授

宗田 好史  むねた よしふみ
京都府立大学人間環境学部助教授(都市計画)
1956年静岡県生まれ。法政大学工学部建築学科卒、同大学院工学研究科修士課程修了。イタリア・ピサ大学、ローマ大学大学院。工学博士(京都大学)。85年イタリア国立地中海地域経済研究所、88年国連地域開発センター研究員を経て、93年より現職。研究テーマは歴史的市街地の保存計画、京都市の都市計画・交通計画・環境政策、文化遺産と世界遺産保存。歴史的環境・自然環境を活かした町並み再生に取り組む。また文化遺産の保存と文化的観光について、欧米・アジア諸国と京都を中心に関西の町で実践的な活動を続けている。東京国立文化財研究所客員研究員、イコモス日本委員会理事なども務める。著書「にぎわいを呼ぶイタリアのまちづくり」、共著「京都観光学のススメ」など。


http://cocktail.kpu.ac.jp/ningen/Design/muneta.html

Kyoto──議定書のまち京都は、日本人が思う以上に世界にその名を知られている。2006年7月、「環境とエネルギーの国際会議」に出席するため訪れた、京都府の姉妹都市イタリア・トスカーナ州には、温暖化ガスの排出を観測する「京都観測所」というしくみがあったし、EUでできつつある排出権取引市場は通称「京都マーケット」。「京都、京都と、我々がこんなに言っていることを、京都は知っているのか?」と言われ、ちょっと戸惑いつつも、「京都人は知っているよ」と答えた。

実際、京都人の環境への意識は高い。
1997年、COP3を京都に招致する際、温暖化防止パネル事務局から出された唯一の条件が「京都市民全員が温暖化問題への関心を高めて盛り上がっていること」だった。もともと、92年の地球サミット以降、環境NGOの活動が活発化してきていたが、これを機に、既に京都で活動していた「環境市民」などのNGOと、行政・産業界が一体となって、行動計画「京(みやこ)のアジェンダ21」を策定。実行組織として「京のアジェンダ21フォーラム」も創設し、02年には活動拠点「京(みやこ)エコロジーセンター」も開設。議定書のまちにふさわしい多様な取り組みを進めている。

その一つが「エコツーリズム」だ。もとより京都は世界文化遺産を擁する、世界に誇る観光都市ではあるが、本来エコツーリズムとは、ネイチャーツーリズム+自然環境保護。日本でいえば、屋久島や知床など世界自然遺産や国立公園、あるいは豊かな自然が残る農山漁村などへ行き、自然保護を行うのが本道と言われる。大都市京都にとってのエコツーリズムとは何かについて、僕自身、多くの市民たちと多様な角度から考えてきた。その結果、京都の新しい観光の姿が見えてきた。

京都でエコツーリズムが盛んになったのは、環境NGOが元気だから。例えば「環境市民」による「エコ修学旅行」の取り組み。生徒たちは里山の自然を楽しみながら大文字山に登ったり、叡山電鉄で鞍馬・貴船へ行き、また法然院など社寺仏閣と森との繋がりを学んだり。もう一つ大きな動きは、ホテルや旅館のエコロジー化。年間約4727万人の観光客が訪れ、その約4割が宿泊する京都で、シャンプーや石鹸、歯ブラシ等アメニティグッズの使い捨ては大問題。近年、宿泊施設が環境配慮の取り組みを進めていることもエコツーリズムの推進につながっているし、市の観光協会は古都の歴史や文化などをテーマに講義付きの体験型観光を進めるなど、大自然観光とは異なる、「京都発のエコツーリズム」が形になってきた。

この京都発のエコツーリズムは、単なるトレンドではない。日本には外来思想としてのエコロジーだけでなく、日本人の暮らしに根ざした独自の自然観、エコロジーがある。

京都の数多くの文化遺産から自然を除くことは不可能だ。長い歴史の中で自然を文化にしてきた京都は、自然を愛でる高い能力ゆえに、日本の四季を司ってきた。

例えば、桜。桜は日本全国どこにもあるのに、なぜ日本人は桜を見に京都へやってくるのか? 人々は京都の桜に、京都の文化的アイデンティティを見出しているのだと思う。つまり日本人の美意識の根底を形成する自然との調和──そこに日本人の心が失うべきでないエコロジーの源流を見出そうとしているからであり、日本のエコロジーの源流は多分、京都にある。

言い換えればそれは、花鳥風月を愛でる文化、もののあはれを感じる心。 ヨーロッパのバロック庭園が幾何学的に植栽を配置することで人工の美を際立たせるのに対し、日本庭園は、その中に自然のミニアチュールをつくる。桂離宮を回れば天橋立などの見立てがあり、小さな日本を歩くことになるし、龍安寺の石庭ではわずか75坪の狭い空間に石を配し、ここが大海原だ蓬莱だと読み解いていく。もちろん回遊式庭園と禅の石庭は全く概念が異なるが、共通しているのは「自然との共生」。

京の町家の坪庭もそう。鰻の寝床のような短冊形の敷地の家は世界中どこにもあるし、風通しを良くするため空気抜きの空間をつくることも珍しくないが、その空間にあれだけ自然を凝縮して簡素な美しさを見せるところはどこにもない。さらに凝っているのが、庭だけでなく土間や玄関などの上がり框(かまち)にも置く石。これは置き方が決まっていて、東北側には高野川水系や鴨川水系の石、西側には桂川水系の石を置く。町家の敷地内で東西南北きちんと石を置かないと、収まりが悪いと言われる。

町家の柱に使う木も、生えていたときの向きを見て、南側を必ず光の当たる方向に向けて建てる。樹齢何百年という大木になると、上下も考える。社寺仏閣では一本の檜から、一棟のお堂を造ることがあるが、そのとき「木割」といって、一本の木をどう使うかが決まっている。上の木は屋根に、下の木は土台に使う。木が生えていたときのまま人間が手を加えることで、自然の恵みである一本の檜に神が宿り、人はそれを信仰する。

明治以降の近代和風建築で一番人気だった数寄屋造りは、重厚な杉や檜ばかりでなく、松や欅、栗、櫟、場合によっては捻れた蔦を使うという変わった造りだったりするが、いずれも京都周辺の山の木を使い、東側には東山の木を、西側には西山の木を使い、京都の自然を織り込んで造っている。

ここまで深く自然と共生しようとする精神が通っているというのは一つの文化。そういう文化の中にあるエコロジカルな暮らしは、まさに日本独特のものだ。このことをもう少し京都を訪れる方に楽しんでいただくのが、日本のエコロジーであり、京都ならではのエコツーリズム。

例えば、金剛能楽堂の舞台の鏡板の老松の絵に、日本の自然の風景が凝縮されていることを、訪れる修学旅行生が学んでいる。春日大社の影向の松が起源だと言われるが、松を一本描くだけで、『高砂』を演じているときは浜辺に、『安宅』では関の場面、と、オールマイティな舞台装置になる。老松に神が降りる能舞台は現世の自然の摂理を現してもいる。そんなことを知るのも、一種のエコツーリズムだ。

日本人は世界のどこにもない繊細な感性で、自然を取り込んでいる。その源流が京都にある。それを感じ、その深みまで行くことで「京都発のエコツーリズム」と言えるのではないか、と思っている。■


関連資料

「エコツーリズム」の基礎知識

関連図書

「環境と観光」を読み解く10冊



Columnカテゴリ検索
政治・外交
経済・経営
社会・生活
文化・文明
科学・技術
電力・エネルギー
関西
サイト内全文検索
最近のMain Column


Insight時代を解くキーワード
I このサイトについて I メルマガ サンプル I 談話室 I 配信申込・解除 I お問い合わせ・ご意見 I
Copyright (C) 2002-2008 KEPCO THE KANSAI ELECTRIC POWER CO., INC.