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白幡 洋三郎・国際日本文化研究センター教授

2006.09.01
「季節を愛で、年中行事を楽しむ──日本人の自然観と暮らし方」

白幡 洋三郎・国際日本文化研究センター教授

白幡 洋三郎 しらはた ようざぶろう
国際日本文化研究センター教授(都市文化論・庭園史)
1949年大阪府生まれ。京都大学農学部卒、同大学院博士課程単位取得退学。旧西独ハノーファー工科大学に留学し、19世紀ドイツの都市公園の研究に従事。京都大学助教授、国際日本文化研究センター助教授、のち教授。屋外レクリエーションの比較文化研究や日本の生活文化の通文化性など研究。著書『知らなきゃ恥ずかしい日本文化』『花見と桜』『カラオケ・アニメが世界をめぐる』『大名庭園』『プラントハンター』『旅行ノススメ』『近代都市公園史の研究』『瀬戸内海の文化と環境(監修)』『水と暮らしの環境文化─京都から世界へつなぐ(分担執筆)』など。環境省中央環境審議会自然環境部会臨時委員なども務める。


http://www.nichibun.ac.jp/research/staff1/shirahata_yozaburo1.html

地球環境対策は、よくわからないけど「してはいけないこと」が多く、ふつうの人にはスッと受け入れにくい。いわば「居住まいを正す」というイメージの規範が並んでいる印象で、どうも窮屈でかなわない。

環境に良いとやっていることが本当にプラスかどうかもわかりにくい。例えば、毎日こまかくゴミの分別をすることが、必ず将来世代のためになるかどうか確信はないが、とりあえずやっておこうと。どこか「信心」に近い。

もっと身近な環境──例えば地域の景観なら、あまり突拍子もない色やデザインの家を建てるのは、街並みの調和を乱し景観上よろしくないと理解できる。だけど地球環境問題は、自分が今ここでやっていることが、地球の反対側に住む人々や、何十年何百年も先の地球に影響を与えるという話。そこまでの想像力を個々人に要求するのは無理がある。

地球環境問題は、個々人に「信心」を強要したり、悩みながら答えを探させるのではなく、公的にルールを定め、しくみをつくらないとうまく行かない。フロンを使おうにも手に入らないなら、黙っていてもオゾン層(地球環境)は守られる。専門家や公的機関は「文明論」的に、というのはグローバルな観点から普遍的な広がりを考えて環境問題を捉え、大きな規制の枠組みや公的ルールをつくっていく必要がある。一方、温暖化のメカニズムや因果関係に、まだ不明な点も多いなかで、個々人があまり一喜一憂して、自分の身や感覚を犠牲にしてまで生き方を変える必要はないだろう。むしろ個々人は、環境を身体の回りの「文化論」として理解し、自分に快適な生き方を実践する以外にないと思う。

ではどんな生き方が、自分に快適で、地球という大きな外部環境にも負荷をかけないのか。それを考えると、結局は日本人の伝統的な生き方──特に西洋近代化を進める以前、江戸時代まで脈々と続いてきた日本固有の生き方に行き着くような気がする。

例えば、花鳥風月を愛で、「年中行事」を大切にする暮らし方。桃の節句や端午の節句といった「五節句」や、節分などの「雑節」──。難しい伝統は知らなくても、多くの日本人は、正月には初詣、2月は節分、3月は雛祭り、4月は花見、5月は端午の節句、6月は花菖蒲を見に行こうとか、夏は海水浴に出かけたり、お盆の行事を執り行う。秋には中秋の名月を愛でたり、紅葉狩りの行楽、冬は雪見酒を楽しむ。そして季節の変わり目には衣更えをしたりして……。

四季がはっきりしている日本では、四季の変化に従って暮らすことは当たり前だった。つまり自然の変化に「合わせる」ことが日本文化の基調にあり、自然のサイクルと人間の決めた行事をセットにしたのが「年中行事」というわけだ。そこには日本人の自然観が息づいている。天地自然、万物に神を感じる「八百万の神」の地である、日本の年中行事は、ほとんどが自然現象に基づいたもの。

人間中心の西洋に比べ、日本は自然との距離が近く、取り巻く環境の変化に自分を合わせる──。西洋近代の人間観では、それは主体性のない適応であり、後れていると見られがちだが、実は新たな自己発見にもなることに、思い至っていない。

そして実は日本の伝統行事は、必ず「楽しみ」と結びついている。しきたりや行事には、それが義務となり規則となるような性格が備わっているが、それをやわらげ、持続できるよう、「楽しみ」が巧く組み込まれている。

「節分」の豆まきには子供を交えた遊びの感覚があるし、「群桜」「群衆」「飲食」の三要素が揃って日本独自の行楽行事となった「花見」はみんなが楽しめる。お盆には地域ごとに特色のある盆踊り、月見には名月観賞だけでなく子供たちが月見団子など供え物をもらい歩く風習もある。自然のサイクルに従うなかで「楽しみ」を見出すのが日本人。自然に逆らわず快適に生きる知恵を、「楽しみ」に転化させていったわけだ。

年中行事には、もとは宮中の儀式や神事だったものも多いが、「家庭の年中行事」もある。もともと日本は建物の構造からして、西洋とは異なる。石造りや煉瓦造りで自然と一線を画しているのが西洋の家なら、日本は木造で、襖や障子、床は板張り畳敷きで隙間風も入る。となると当然、季節の変化に合わせて住まい方を変えていく。

例えばひと昔前まで、多くの家庭で行っていたのが夏場の大掃除。それはもう一日仕事で、家具を全部屋外に運び出し、襖を外して、畳も上げる。子供たちは畳を叩くとき手伝わせてもらったり、昼には、襖も畳もない、さっきまでとは違って、びっくりするほど広い部屋で母のつくったおにぎりを食べる。それはまさに非日常の出来事。子供にとっては遠足のような楽しい一日だった。今も京都の古い家では、祇園祭の前に屏風や襖を夏のしつらいに替え、9月の彼岸の頃、また冬のしつらいへと「建具替え」を行っているところがある。それは季節の確認。毎年行うことで、今年は雨が長いとか湿度がどうとか、違いを確認して、それも「楽しみ」としている。

しかし残念ながら、最近はそういう楽しみ方が少なくなった。その原因の一つは、毎年同じことをするのは進歩がない後れたことであると思い込みすぎたため。だけど、毎年同じことをできるのがいい。地球環境問題が深刻化し、これ以上暮らし方が変わっていくと困る。今のままの環境が続いてほしいと思うなら、多少古くさくても、年中行事を生活の基本にして、あとの隙間は現代生活で埋めていけばいい。

衣更えや行楽など、暮らしの知恵を「楽しみ」に転化させた先人に学び、「年中行事」を楽しもう。地球環境時代の生き方としては、季節や天候に合わせる暮らし、自然を楽しめる「余裕」が出てくる方が望ましい。誰かのためでは続かない。自分の楽しさと快適さに繋がる知恵が、年中行事には詰まっている。環境に負荷を与えない年中行事を、暮らしの指針として続けていく。大勢の人々による長い間の吟味を経て生き残った年中行事は、人間が生命体であり、生物という自然の存在であることを教えてくれる、日本固有の文化。それを見直し、環境に良い暮らしを実践することが、新しい文化創造に繋がればいいと思っている。■


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