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谷川 恵・「たに川」若旦那

2006.07.01
「和の伝統──若旦那のエコな日常」

谷川 恵・「たに川」若旦那

谷川 恵  たにがわ めぐむ  「たに川」若旦那
1973年大阪市生まれ。南地のお茶屋「島之内たに川」に生まれ、芸妓さんに囲まれて育つ。大阪大学文学部美学科卒。大学卒業後、大阪大学文学部哲学科(倫理学講座)研究生、インターメディウム研究所研究生を経る。2000年大阪府立大型児童館ビッグバンの劇場担当ディレクターを務める。家業継承を決意し、ディレクターを退職、若旦那として二代目修業中。お茶、お花、お能、舞、三味線など、さまざま稽古に励む。伝統を愛し、着物姿でお客さまへ挨拶に出る。花街の発展と お座敷文化の普及めざして日夜奔走中!


若旦那のお座敷入門>> http://blog.kansai.com/megumu

大阪、南地のお茶屋「島之内たに川」の若旦那です。
お茶屋といえば、多くの方が「芸妓さんを呼んで遊ぶところ」と思われているようですが、正確にいえば「座敷を貸す商売」。お茶屋に上がれば芸妓を呼ばないといけないこともありません。例えば、座敷で麻雀を楽しまれてもいいし、懐石料理だけでなく、お鍋やワインを召し上がっていただいたり、うどんを食べに立ち寄られるだけの方もいらっしゃる……。十人十色のお客さまのご要望に応じて、いかようにもお席を用意する──それがお茶屋の商売です。

お茶屋が「一見さんお断り」を守っているのも、こうしたきめ細かなサービスを提供するためで、決して格式を振りかざしているわけではありません。みなさんが見ず知らずの人をお宅に上げないのと同じこと。私どもは電話1本でお席の予約を受け、芸妓から、お料理、お土産まで、すべての手配を行います。お馴染みのお客さまに大切なお知り合いをご紹介いただきましたら、私どもも一生懸命おもてなしに努めますし、信頼の輪が広がります。

一見さんお断りといっても、どなたかお馴染みのご紹介がないとダメ、という厳格なものではありません。親しい店からの紹介や、芸妓や私どもが知り合った方でも、喜んでお席を用意いたします。そうしたご縁から「お茶屋体験をしたい」と若い女性のグループにご利用いただいたこともございます。

大阪にはかつて、北新地、南地、新町、堀江という4つの花街があり、昭和10年代には南だけでも2100人の芸妓がおりました。宗右衛門町には堺筋から御堂筋まで、お茶屋がずらりと軒を連ね、夕宵に柳の揺れる町を行き交う芸妓さんたちの姿は、芝居か絵のように美しく華やかだったそうです。

戦災で多くが焼けてしまいましたし、戦後も大阪万博の頃をピークに、お茶屋も芸妓も減少し、今ではお茶屋は北新地に3軒、南に「たに川」1軒が残るのみ。花街の灯を消すまいと家業を継ぐ決意をし、お座敷文化の紹介に努めています。「関西どっとコム」というポータルサイトの中で、「若旦那のお座敷入門」というブログもやっておりますが、お陰さまで、私のブログを見たお嬢さんが芸妓になりたいと訪ねてきて、「たに川」お抱えの芸妓が2人誕生。座敷に稽古に頑張っております。

お座敷では芸妓たちが舞や三味線といった芸を披露しますが、お客さまとのお座敷遊びも、本当に楽しいものです。最近は遊びが個人化しておりますが、お座敷遊びでは、その場に会した人が世代も性別も超えて楽しく遊ぶことができます。「とらとら」「金比羅ふねふね」「蒸気ぁぽっぽ」……他愛ない遊びに興じ、座が盛り上がったとき、「神様が降りてきた」と思う瞬間があります。天照大神が岩戸を開けたほどの高揚と一体感──そんな神代の昔からの連綿を感じることがあるんです。

芸妓はお茶屋文化の華であり、大阪の伝統文化の担い手でもあります。例えば正月、十日戎の「宝恵駕籠(ほえかご)行列」は、道頓堀から今宮戎神社まで、南の芸妓が駕籠を連ねて参詣したのが始まりで、200年以上続いています。

春になれば「大阪おどり」。京都は祇園の都おどり、先斗町の鴨川おどりのように、芸妓が劇場でおどりを披露する公演が大阪にもありました。私も幼い頃から連れて行ってもらいましたが、公演の最後は黒紋付の裾引きに正装した芸妓が舞台に並んで踊ります。それはそれは華やかで、夢のようで……。芸妓が減った現在では、残念ながら絶えておりますけれど、これを復活させるのが私の大きな夢です。

6月は住吉大社の御田植神事。芸妓が扮する植女(うえめ)が、お祓いを受けた早苗を神主から受け取りますし、神田の真ん中に設けられた舞台では、御稔女(みとしめ)と呼ばれる芸妓が舞を奉納いたします。7月の天神祭では、どんどこ船に芸妓が乗り込み、だんじり囃子を打ち鳴らしながら賑やかに進みます。そして11月、薬の町、道修町の神農さんでは、参拝客に福笹を授ける役を芸妓が務めておりました。

このように芸妓は大阪の祭礼にも深く関わり、人々に親しまれてきましたが、今ではそれを知る人も少なくなりました。大阪人の「新しもの好き」のせいでしょうか。素晴らしい伝統文化はたくさんあるのに、上手く発信できていない気がいたします。

伝統行事は季節の節目ですが、もっと日常的な和の文化として知ってほしいのは、着物の素晴らしさ。お茶のお稽古を始めてから本格的に着物を着るようになり、私も気がつきました。例えば洋服の場合、買って2〜3年もするとデザインが古び、価値が下がってしまいますが、逆に着物は価値が上がっていく。

それに着物は地球環境にも優しいと思います。
そもそも着物の不思議さは「一枚の布」であること。洋服は身体の形に合わせて裁断するから、使わない布がたくさん出てしまいます。でも着物は、一枚の布をムダなく使って、どんな寸法でも、畳むと真っ平らの長方形に。袖を通して初めて立体になります。また洋服は、少しでも太ったり痩せたりすれば合わなくなってしまいますが、着物は身丈と袖丈さえ合っていれば、少々体型が変わっても大丈夫。融通が利くうえ、傷んでくれば、ほどいて、羽織にしたり、コートにしたり、布団カバー、最後は雑巾にしてまで使い回せます。

着物は日本の気候にも合っております。冬は寒くて夏は暑いのでは? とよく尋ねられますが、そんなことはありません。芸妓の着物も四季四季で違い、春は裏のない単衣、夏は薄物、秋は裏のついた袷、冬は二枚襲ね。私自身も、夏にシャリッとした麻の着物を着ていると、風が通り抜けるのを肌で感じて、何も身にまとっていないくらい涼しい。

ただ最近は、温暖化で少し違ってきました。衣更えの時季を、とても守っていられません。暑くて浴衣を着たいけれど、着物の世界の約束では、まだ浴衣は早かったり。逆に寒くなるのも遅くなっているので、単衣の季節になっても、まだまだ薄物を着ていたかったり。温暖化は伝統的な着物の文化にも影響を与えています。

着物で過ごすと、自分が生き物だということを実感します。例えば、下駄は本来、土の上を歩くための履き物。アスファルト舗装された今の道路は、靴で歩けば平気ですが、下駄で歩くと膝が痛くなってしまう。なんと硬い世界に自分は住んでいるんだろう、と驚くほどで、生き物としての人間の弱さを妙に実感させられます。

下駄がアスファルトの道に合わないように、着物も今の時代に合わない衣服かもしれません。今の時代、今の空間には、今のためにデザインされた洋服が合う。でも洋服だと、表に出せない感情があるような気がしてなりません。時代の求める感情は出しやすいけれど、そうでない感情を放出する回路を持ち合わせていないのではないか……。一方、着物は、そもそも今の時代の衣服ではないし、襟、袖口、身八つ口、裾と、あちこち大きく空いているので、抑圧されている感情も自然と放出してしまう。着物を着慣れた人が「着物はラク」と仰るのは、そうした解放感もあるからではないでしょうか。

最近は若いお嬢さんの間で、着物がブームになっています。一時は随分と下火になりましたけれど、その分、これから先、逆に可能性があるのではないかと期待しています。1年のうち1日でも2日でも、多くの人が着物を着るようになれば、素晴らしい着物文化を守っていけるのではないでしょうか。畳文化も、伝統芸能も然りです。専門にする人々の努力も大切ですが、やはり裾野が広いほどピラミッドは高くなります。みなさんに広く浅く、日本の伝統文化をサポートしていただきたい。私も微力ながら、お茶屋文化の復興に努めてまいります。どうぞ今後ともご贔屓に──。■


関連資料

「お茶屋『島之内たに川』探訪」

関連図書

「お座敷文化」を読み解く12冊



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