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安田 喜憲・国際日本文化研究センター教授

2006.06.15
「環境考古学が示唆する気候変動と人類の歴史・文明の興亡」

安田 喜憲・国際日本文化研究センター教授

やすだ よしのり  国際日本文化研究センター教授(環境考古学;地理学)
1946年三重県生まれ。東北大学大学院理学研究科修士課程修了、同大学院理学研究科博士課程中退。理学博士。広島大学助手だった80年に「環境考古学」を提唱。世界各地の文明の盛衰を気候変動との関わりで調査・研究。88年国際日本文化研究センター助教授、のち教授。97年〜2000年京都大学教授併任。91年〜93年文部省重点領域研究「文明と環境」では国内外研究者200人以上を動員し共同研究を行い「講座・文明と環境」(全15巻)に結実させる。また文部科学省COE拠点形成プロジェクト「長江文明の探求」研究代表者として長江文明の解明に貢献。主な著書「環境考古学事始」「気候と文明の盛衰」「気候変動の文明史」「世界史のなかの縄文文化」「文明の環境史観」「長江文明の謎」「日本よ森の環境国家たれ」など。2006年よりスウェーデン王立科学アカデミー会員。


http://www.nichibun.ac.jp/research/staff1/yasuda_yoshinori2.html

人間は環境的な限界の中でしか生きられず、気候変動は文明の興亡に大きな影響を与える──今は特に異を唱えられることもないこの説は、戦後、そして高度成長期と反論に遭い続けてきた。曰く、人間には叡智があり、科学技術がある。これを駆使すれば環境を変えることができ、未来はバラ色だ、と。

状況が変わったのは、1985年のオゾンホールの発見。以降、90年代には熱帯雨林の減少や酸性雨、地球温暖化といった地球環境問題が顕在化し、94年には東北地方が冷害に見舞われ、深刻なコメ不足に陥った日本は外米を輸入。食べ慣れないタイ米を口にした日本人は、いくら高度技術で武装しても、少し気温が変わっただけで大きな影響を受けてしまうことを、身をもって体験した。

社会が「気候変動」に目を向け始めた頃、研究の世界でも大きな発見があった。従来、年代測定には「放射性炭素同位体」が用いられてきたが、これだと統計上の誤差は±100年。1000年前に大きな気候変動があったと言われても、それは900年前かもしれないし、1100年前かもしれない。人間の歴史は年単位で変わるのに、こんなアバウトな測定では、気候と文明の正確な関係は捉えられない……。

しかし1993年、私たちが福井県にある三方五湖のひとつ水月湖で発見した「年縞(ねんこう)」によって、状況は一変した。年縞とは、湖底に堆積した層が描く縞模様。春から夏に珪藻が繁殖してできた白い縞と、秋から冬にかけて粘土鉱物が堆積した黒い縞がセットになり、樹の年輪と同様、1対の縞が1年の時間を表す。年縞の中には、花粉やプランクトン、火山灰や黄砂などが含まれているため、それを分析することで、過去の気候変動を年単位で復元できる。

同じ93年、グリーンランドの氷から縞模様の年層を発見したという論文が雑誌『nature』に掲載された。冬にできた真っ白な氷の層と、夏に融けて少し汚れた層が1対になって1年を表し、氷の層に含まれた「酸素同位体」を測定することで、過去の気温変動を年単位で復元。例えばグリーンランドでは1万2800年前に突然気温が上昇、なんと50年間で7〜10℃も一気に上がった。それまで気候は、100年、1000年単位で緩やかに変動すると思われていたが、それは復元の精度が悪かったから。「気候は変わり出したら激しく変わる」ことがわかった。

但し、グリーンランドは極地だから、年層からは気候変動と文明の関係はわからない。だから文明が発展した温帯地域で、同じように高精度の復元をしたい──。水月湖での年縞発見は、まさにそんな矢先の出来事だった。

この年縞によって、さまざまな新事実が明らかになった。例えば、東洋と西洋で農耕の起源を見ると、日本や中国南部のモンスーンアジアで稲作は1万5000年前に始まり、縄文土器は1万6000年前に遡るのに、西アジアでの麦作はせいぜい1万2000年前で、土器の出現は9000年前と遅い。その理由がわからなかったが、年縞を使って復元すると、モンスーンアジアでは500年以上も早く温暖化が起きていた。それまで気候変動は、地球上のあらゆる場所で同時に起きると思われていたが、氷期から後氷期へ、気温が一気に6℃も上がるような大変動の場合、かなりの地域差・時間差があることがわかった。世界でいち早く温暖化したモンスーンアジアで、文明の第一歩、農耕が始まったというわけだ。

古代文明の興亡にも、気候は深く関わっている。例えば7000年前は気温が今より2〜3℃高い「気候最適期」だったが、西アジアでは5700年前から寒冷化、乾燥化が進み、砂漠周辺に暮らしていた牧畜民が水を求めて大河沿いの農耕地帯に大挙移動し、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河の4大文明が誕生した。いずれも畑作牧畜をベースにした都市文明だが、より早くに稲作を始めた人々が文明を手にしないはずはない──そう考えて調べたところ、温暖化が500年早かった長江では、乾燥化も500年以上早い6300年前に始まり、黄河文明に先んじて、稲作漁労をベースにした長江文明があったことを発見した。

そして4200年前の気候悪化、干魃により、古代文明は次々に自滅。長江文明の場合は、気候悪化に伴う黄河流域の人々の南下・侵略によって衰退していった。このように気候悪化が民族移動と文明崩壊を引き起こすのは、4〜5世紀のゲルマン民族大移動によるローマ帝国滅亡時にも見られた。

もちろん日本の歴史も気候変動と無縁ではない。例えば645年、大化の改新の時は寒かったが、奈良の大仏建立が始まった740年頃から気温が上昇し、840年頃までの100年間に年平均気温は2℃上昇。だから740年以前を「万葉寒冷期」、以降を「大仏温暖期」と呼ぶ。そして温暖期には東北地方へと荘園が拡大する一方で、京都では洪水や干魃が万葉寒冷期の約10倍にも増加した。

こうした2℃程度の気温上昇は、局地的でなくグローバルな現象。世界的に「中世温暖期」が続き、ヨーロッパではバイキングが活躍したり、アルプス以北への居住地拡大が進んだが、そういう温暖期の中で突然、10〜20年の短期間、気候が急激に寒冷化し、文明に打撃を与えている。例えば926年、かつて中国東北部から朝鮮半島北部に栄え、日本とも交流のあった渤海が滅亡。その原因について、これまで白頭山の大噴火が挙げられてきたが、青森県小川原湖の年縞分析により、噴火は937年で、実は滅亡の3年前に急激な気候寒冷化が起きたことがわかった。しかも同時期、中米ではマヤ文明(古典期)が突然、ドラスティックに崩壊。いずれも寒冷化による冷害や乾燥化が原因と考えられる。

中世温暖期を経て、1620年頃は、世界は第一小氷期の寒冷化のピーク。ヨーロッパではペストが流行、森林は既に開拓し尽くされていたため大量の移民が新大陸をめざした。同時期、日本では寛永の飢饉が起きたが、当時はまだ新田開発の余地があり、立て直すことができた。しかし今、大規模な気候変動が起きたとき、我々はどこにフロンティアを見出せばいいか──。

過去の気候変動と、人類の歴史・文明との関係をヒントに未来を見ると、IPCCは今後2100年までに平均1.4〜5.8℃の気温上昇を予測しているが、5.8℃といえば、かつての氷期から後氷期への転換にも匹敵する劇的な変動。そんな大変動が起きれば、現代文明は崩壊を免れない。ただ2℃程度の上昇なら、人類は中世温暖期の経験がある。それでも干魃や台風、大雨、大洪水といった被害の増大は覚悟しないといけないし、既にその兆候は現れている。

とはいえ、予測のつかないことがある。グリーンランドの年層を調べると、氷期から後氷期へ、気温が5〜6℃上昇したとき、CO2濃度は70ppm増えていたが、そのときも含め過去40万年、CO2濃度が300ppmを上回った時期は一度もない。ところが今は380ppm。既に80ppmも上回っているのに、気温上昇は0.4℃で済んでいる。これが何故なのかわからないうえ、2100年にはCO2濃度が1100ppmになるなんて、一体何が起きるか予想もできない。

そのメカニズムの解明は慎重に進める必要があるが、CO2の増大が気候に影響を与えることは、間違いない。そして過去の歴史を見ても、気候変動をクリアできた文明は存在しない。ところが人間は、気候変動よりまずは目先の経済成長。巨大災害などで文明が危機的状況に陥り、カタストロフィに直面しないと、人間は目覚めない。それほど愚かで、欲望の深い生き物だ。

私は2050〜2070年頃に、現代文明は崩壊すると見ている。世界人口は100億を突破し、熱帯雨林は限りなくゼロに近づき、食糧資源は10分の1以下になる。それを考えれば、現代文明は、もはや崩壊すると認識せざるを得ない。但し、文明は崩壊しても、人類が絶滅するわけではない。我々に叡智があるなら、文明のシステムを根本的に変え、化石燃料に頼らない新しい文明を、今から50年かけて築くことが重要だ。

「地球温暖化を止められるのは原子力」と言ったのは英国の科学者で環境保護主義者のラブロックだが、奇しくも原子力発電所のある地、若狭の水月湖で、気候変動と人類の歴史・文明の興亡の関係を示唆する年縞が見つかった。この地はまた、はるか1万4500年前から縄文人が暮らした地。豊かな水と森の文明史を振り返り、新しい文明の創造を今こそ真剣に考える時に来ている。■


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