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藤崎 憲治・京都大学大学院農学研究科教授

2006.05.01
「種の起源と進化──昆虫科学が示唆する地球環境の未来像」

藤崎 憲治・京都大学大学院農学研究科教授

ふじさき けんじ
京都大学大学院農学研究科教授(昆虫生態学)
1947年福岡県生まれ。京都大学農学部農林生物学科卒、同大学院農学研究科農林生物学専攻博士課程単位取得退学。農学博士。沖縄県農業試験場主任研究員、岡山大学農学部教授を経て、2000年京都大学教授。昆虫の分散多型性に関する進化生態学的研究を行う。京都大学21世紀COEプログラム「昆虫科学が拓く未来型食料環境学の創生」拠点リーダー。著書「カメムシはなぜ群れる?─離合集散の生態学」、共著「飛ぶ昆虫、飛ばない昆虫の謎」「応用昆虫学の基礎」「動物たちの生き残り戦略」「動物の個体群と群集」「無名のものたちの世界III」「昆虫学セミナーIII 個体群動態と害虫防除」など。


>>http://www.21coe-insect.kais.kyoto-u.ac.jp/index.html

地球上に昆虫が登場して約4億年。人類よりはるか以前から地球を住処としてきた彼らは、氷河期などの気候変動にも対応し、逞しく生き延びてきた。

昆虫の「昆」は「数が多い」という意味。3対6脚の節足動物というのが昆虫の定義だが、形態はさまざまだ。実際、現在地球上には既知のものだけで約100万種の昆虫がいて、毎年約3000種が新種として追加されている状態。生物多様性の宝庫である熱帯降雨林の急激な減少のなかで、人間に発見されず未知のまま絶滅していく虫たちもいるかもしれず、実数は500万種とも1000万種ともいわれる。少なく見積もって500万種としても、全生物の5分の4は昆虫。地球が「虫の惑星」といわれる所以だ。

昆虫たちが繁栄した要因は、いくつもある。まず、頭部、胸部、腹部の「機能分化」。触覚や複眼を持ち感覚中枢として機能する頭部、3対の肢と2対の翅で運動中枢を担う胸部、卵巣や精巣など生殖中枢としての腹部──感覚、運動、生殖という重要な生活機能を3つのパーツに分けて担わせる、極めてシンプルで効率的な構造を、進化の過程でつくり上げた。

卵から幼虫、サナギを経て、成虫になる「完全変態」という仕組みも繁栄の要因だ。なぜなら、例えばアゲハチョウは、幼虫の時はミカンなどの葉を食べるが、成虫になると葉ではなく蜜を吸う。幼虫と成虫では生息場所も餌資源も違うから、どちらかの餌がなくなっても、親と子が一緒に絶滅することはない。いわばリスク分散。これもまた昆虫が進化の過程で成し得た発明だ。

体サイズの「小型化」も重要だ。実は昆虫は一度、進化的な実験をしている。古生代に、翅を広げると70センチもある巨大トンボ(メガネウラ)を出現させたが、絶滅。大きすぎると効率が悪いが、小さければ餌は少なくて済むし、世代交代が早く、突然変異の発生率も高くなるから、環境変化に適応しやすい。

もうひとつ、昆虫の画期的な大革命が、「翅」の獲得。生物史上初の空中進出を果たしたのが昆虫だ。翅を持ったことで、熱帯起源の昆虫が寒冷地まで分布域を拡大した。この道具としての翅の発達を見てみると、昆虫の起源は4億年前、デボン紀のトビムシに遡るが、これは飛べない。最初に翅を獲得し空中に進出したのは、約3億年前の石炭紀に現れたトンボやカゲロウといった旧翅類の仲間。次いで翅の付け根が蝶番構造になったバッタやカメムシなどの新翅類が現れ、さらに1億年前の白亜紀、恐竜の時代には、ハチやチョウなどの仲間が大々的に空中に進出するようになった。そしてこの白亜紀、目立つ花を咲かせる被子植物が進化を遂げた。それまで杉など裸子植物の受粉は全くの風任せ。極めて効率が悪かったが、昆虫が空を飛ぶようになったことで、花粉を運んでもらい、ピンポイントで受粉が可能になった。その報酬として植物は昆虫に蜜を与える。持ちつ持たれつの関係を結び、「共進化」を果たしたわけだ。

ではなぜ、この2つの時期に昆虫が飛べるようになったかというと、実はこの時期に地球環境が大変動して、地球上の酸素濃度が高まったから。翅を持つだけでは飛べない。効率的に飛ぶには飛翔筋という筋肉が必要で、筋肉を動かすには炭水化物や脂肪といった燃料とそれを燃やす酸素が要る。だから酸素濃度が高まったこの時期に飛べるようになった。つまり、地球全体が共生圏。地球環境のダイナミックな変動と生物の進化は相互に密接に連関しているというわけだ。

重要なのは生態系における昆虫の役割であり、1つは顕花植物と訪花性昆虫の「共進化」。植物の中には自ら受粉する自家受粉もあるが、これだと、遺伝子が同一のクローンに過ぎず、病気が発生すると全滅しかねない。しかし昆虫を介した他家受粉だと遺伝的性質の違うものが現れ、環境変化にも強い。次に「物質循環」。昆虫が有機物を分解することで無機物となり、植物がそれを栄養として再利用できる。3つめに「生態系の平衡」。複雑な食物連鎖と種間の相互関係のなかで、特定の種が生態系内で爆発的に増殖するのを防いでいる。

要するに昆虫はただ数多く存在しているだけでなく、生態系の他の生物に重要な影響を与えている。現に、もし地球上から昆虫類がいなくなれば、自然界はわずか20〜30年で、10億年前の地球に戻るとの説もある。もちろんそこに人類の影も形もなく、バクテリアしかいない世界だ。

我々はもっと昆虫に学ばないといけない──京都大学では2004年から「21世紀COEプログラム」として「昆虫科学が拓く未来型食料環境学の創生」に取り組んでいる。名づけて「エントモミメティクサイエンス(昆虫模倣科学)」。4億年の進化と繁栄を築いた昆虫の「環境に対する高い適応能力」「精緻なコミュニケーションシステム」「研ぎ澄まされたデザインと機能」に学び、環境問題・食料問題解決をめざそうというものだ。

まず、温暖化が問題なのは、そのスピードが極めて速いからだ。地球の平均気温は過去1万年で5℃上昇したが、これから100年で1.4〜5.8℃と急速に上昇するものと予測されている。過去の10倍から100倍の猛烈なスピードである。熱帯の昆虫たちがどんどん北上しているが、怖いのは、その先にある生態系の破壊だ。例えば木の幹に孔を開けて棲む小さな虫「カシノナガキクイムシ」の北上によってミズナラの集団枯死が起き、ドングリという餌がなくなったクマが里山に下りてきて、人間社会にも被害を与える。また温暖化でシカの冬季死亡率が減少したことなどでニホンジカの密度が急増、下草が食べ尽くされ、昆虫相への影響が出る。そんな形ですべて繋がっているのが生態系であり、既にそれは現実ものとして起きている。温暖化に伴う生態系変動を予知できれば、対策の手がかりが得られる。変温動物である昆虫は温度変化に敏感だから、彼らの発生動態の変化は、温暖化に伴う生態系の未来を予測するセンサーとして活用できる。

また、地球生態系のなかで昆虫との共生は重要だが、一方で深刻な害虫問題がある。これに対しては、農薬散布という手段を講じてきたが、そうすると天敵まで駆除してしまったり、薬剤抵抗性の強い害虫が出現し、撒けば撒くほど害虫が増えるという皮肉な現象が起きる。新薬の開発だけではいたちごっこだ。根絶ということはどんな害虫でも生態系で一定の役割を担っているので侵入種を除けば行うべきではない。殺虫剤による防除だけではなく、天敵を利用したり、害虫が発生しにくい環境への改変など、保全を視野に入れた「総合的生物多様性管理」が重要になる。例えば、ある植物はイモムシに葉を食べられると、虫の唾液成分に反応して揮発成分を出す。これがSOS信号となり、イモムシの天敵であるハチを呼び寄せる。こうした植物と昆虫のケミカルコミュニケーションを真似て人工的に天敵を誘い出せば、環境負荷の少ない害虫防除法になり、食料問題解決の道が拓ける。

さらに昆虫ロボティクス。6脚の昆虫型ロボットに、昆虫の嗅覚や視覚のシステムを模したセンサーを搭載、昆虫の行動プログラムを模倣したロボットを開発して、農業現場をはじめ地雷探査などへの応用も考えている。

日本はもともと自然と共生し昆虫とも親しむ伝統文化を持っていた。昆虫は、季語や文学作品、伝統図柄にも描かれている。その日本が今、よその国の生物多様性を消費している。食料自給率はわずか40%しかなく、農作物や水産資源の輸入をはじめ、ペットとしてカブトムシやクワガタまで輸入している。世界の生物多様性を消費していることに気づくことから始めないといけない。

我々はともすれば物事を人間の視点でばかり見がちだが、人間中心主義では、環境問題や食料問題は解決できない。小さな昆虫の視点で見ると、新しい自然観、世界観を構築できるのではないか。人類のフロンティアは宇宙だという人もいるが、本当のフロンティアは地球上の生命にある。自分たちの足元を見つめ直し、サスティナブルな昆虫の「智」に学ぶ姿勢を持ちたいと思う。■


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