Insight時代を解くキーワード Presented by 関西電力
| HOME | このサイトについて | メルマガサンプル | 談話室 | 配信申込・解除 | お問い合わせ・ご意見 |
関西電力HPへ
Main Column Break Close up エナジー News Clip 関西電力 講堂(イベント/セミナー)
 

Main Column
 

永長 幸雄・福井大学大学院工学研究科教授

2006.04.15
「ラムサール条約登録、三方五湖に見る湖・湿地の自然誌」

永長 幸雄・福井大学大学院工学研究科教授

ながおさ ゆきお
福井大学大学院工学研究科教授
1945年茨城県生まれ。金沢大学大学院理学研究科修了。理学博士。汚染物質としての重金属を分離・検出する新しい分析法の開発など、環境分析化学を専門とする。著書「基礎分析化学」など。福井県環境審議会委員、同廃棄物処理施設設置・適正管理検討会委員など歴任。


>>http://acbio2.acbio.fukui-u.ac.jp/hpage/top/

日向湖(ひるがこ)、久々子湖(くぐしこ)、水月湖(すいげつこ)、菅湖(すがこ)、そして三方湖(みかたこ)。福井県を代表する景勝地・若狭湾国定公園に位置し、美浜町と若狭町にまたがる5つの湖──「三方五湖」が、2005年11月、ラムサール条約湿地に登録された。

ラムサール条約は、1971年にイランのカスピ海沿岸の町・ラムサールで、水鳥と湿地に関する国際会議が開催された際、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」として採択されたもの。湿地には多くの生物が生息する一方、人間生活の影響も強く受ける。汚染された水が流れ込んだり、都市に隣接する湿地は埋め立てられたりと、容易に破壊されやすい。そんな湿地の賢明な利用(Wise use)と保全・再生が、ラムサール条約の主旨。日本では現在、33カ所の湿原や湖、海岸が登録されている。

三方五湖がラムサール条約に登録されたのは、何より生物の多様性が認められたからだ。5つの湖はそれぞれ水質や水深も異なるため、生息する生物もさまざま。日本海とつながる塩水湖の日向湖ではクロダイが獲れ、ハマチの養殖も盛ん、海水と淡水が混じった汽水湖である久々子湖ではシジミ漁、水月湖や菅湖ではワカサギやシラウオ、最も内陸部にあり、唯一の淡水湖である三方湖ではコイやフナ、ウナギが獲れ、サクラマスも回遊してくる。さらに、縄文時代から湖に住む「ハス」や、希少な「タモロコ」「ナガブナ」「イチモンジタナゴ」といった固有種の生息が登録の決め手になった。こうした多様な魚類の生息が、これらを餌とする水鳥を集め、夏には南からシギが、冬には北からカモやコハクチョウ、絶滅危惧種のオジロワシやオオワシなども飛来する。

この豊かな生態系を、世界の共有財産として地域の人々と一緒に将来にわたって保全・活用していこうと、福井県はじめ地元・美浜町と若狭町が動き、今回の登録に至った。

実はこの三方五湖の生物多様性を支えているのは、水環境との絶妙なバランス。水質ということではリンや窒素が指標物質、つまり1つのモノサシになり、その濃度によって水質汚濁が指摘される。特に閉鎖性水域で、これらの濃度が高まると「富栄養化」状態になり、植物プランクトンが異常発生、「アオコ」と呼ばれる現象が起き、生態系にダメージを与える。しかし、リンや窒素は生物にとって不可欠な栄養塩。イワナだとその濃度は低くてもいいが。フナやコイには多少高い方が望ましい。生物によって基準が異なり、生態系の維持には、水を綺麗にしすぎても、汚しすぎてもいけない。そのバランスが難しいが、三方五湖は、今は適度なバランスに保たれていると思う。

福井から全国に目を転じても、日本の水環境は、20〜30年前に比べると随分改善された。水質汚濁物質としては、リンや窒素とは別に、重金属やPCBなど人の健康被害を起こすおそれのある化学物質があり、これらについては水質汚濁防止法などで工場や事業場からの汚水・廃液への規制を強め、汚濁状況の公表も義務づけたので、水質は改善された。しかし、ここ10年ほどは新たに、いわゆる環境ホルモン──内分泌攪乱物質やダイオキシンによる健康リスクが問題視されている。

これらが問題なのは、食物連鎖によって生体内での濃縮が幾何級数的に進んでしまうからだ。PCBなど、水中では極めて微量だったものが、植物プランクトンで250倍、魚で280万倍、水鳥に至っては2500万倍と、高濃度に蓄積されてしまう。

この危険性を最初に指摘したのがレイチェル・カーソン。彼女は1962年に、著書『沈黙の春』で、DDTなどの農薬被害により、水鳥は歌わずハチの羽音もしない黙りこくった春の情景を描き、人間がつくり出した化学物質が環境を破壊し、やがては人間自身も蝕むことになると警鐘を鳴らした。また96年には、シーア・コルボーンらが『奪われし未来』で環境ホルモンに言及し、次世代への影響について、強い懸念を示した。

DDTは既に使用が禁止されて久しいが、マラリアなどが発生している一部の途上国では今も使われている。また、環境ホルモンの疑いがあると言われる70種類ほどの化学物質は、その生体への影響を明らかにすべく現在、調査・研究が進んでいる。一方、ダイオキシン類も厳しく規制されているが、世の中に出回っている人工合成化学物質は、医薬品を含めて約10万種、身の回りで使用されているプラスチック類も未だ約300種類。これらが環境中に放棄され、雨水や河川水に接すると、少しずつ水中に溶け出していく。日本の場合、その量は、高度な検出技術をもってしても検出限界以下と極めて微量に抑えられているが、生物を通して濃縮されていくという問題は依然としてある。

三方五湖のある若狭地域は、都市部と異なり人為的影響は少ないが、農薬や肥料の使用がゼロというわけではない。そして五湖は閉鎖性水域。放っておくと水質悪化が進みかねない。浄化するには水を循環させればいいが、これが難しい。例えば、日向湖と水月湖の間で70年以上閉じられたままの人工水路・嵯峨隧道を開けば、水は内陸の湖にまで循環するが、塩分濃度が高くなり過ぎて生態系が変わり、湖で漁をしている人々の暮らしにも影響が出るなど、難しい問題がある。

しかしラムサール条約の湿地登録を機に、有機農業の促進やヨシの植栽など自治体と住民が一体となって、改めて湖の生態系保全と水質浄化へと動き出した。

霞ヶ浦で育った私にとって、水環境や湿地の生態系は極めて興味深い。 環境立県を標榜する福井県は、三方五湖だけでなく、岐阜県境に位置する夜叉ヶ池には、世界中でここにしかいない固有種の昆虫「ヤシャゲンゴロウ」が生息しているし、私が行った時に出会ったのは、オレンジと赤、極彩色の鳥「アカショウビン」。バードウォッチャーでも滅多に姿を見られないというこの鳥は、夏になるとタイやベトナムからやって来て、ここで子育てをする。そんな豊かな自然こそ、なにものにも代え難い福井の財産だ。

そして今や世界の共有財産となった三方五湖。魚たちが陽光に鱗をきらめかせて跳ね、水鳥たちのさえずりが聞こえる「にぎやかな春」へ、私たち一人ひとりが、水環境のバランスの維持とともに、この素晴らしい生態系の維持・活用を考えていかなければならない。■


関連資料

「写真で見る三方五湖」

関連図書

「水と環境」を読み解く10冊 



Columnカテゴリ検索
政治・外交
経済・経営
社会・生活
文化・文明
科学・技術
電力・エネルギー
関西
サイト内全文検索
最近のMain Column


Insight時代を解くキーワード
I このサイトについて I メルマガ サンプル I 談話室 I 配信申込・解除 I お問い合わせ・ご意見 I
Copyright (C) 2002-2008 KEPCO THE KANSAI ELECTRIC POWER CO., INC.