Insight時代を解くキーワード Presented by 関西電力
| HOME | このサイトについて | メルマガサンプル | 談話室 | 配信申込・解除 | お問い合わせ・ご意見 |
関西電力HPへ
Main Column Break Close up エナジー News Clip 関西電力 講堂(イベント/セミナー)
 

Main Column
 

吉川 宏一・建築家;空間プロデューサー

2005.11.15
「住まい方・再考察──関西風スローライフのすすめ」

吉川 宏一・建築家;空間プロデューサー

よしかわ こういち  建築家;空間プロデューサー;ノモス代表
1951年大阪市生まれ。神戸大学工学部建築学科卒。79年吉川建築研究所、87年(株)ノモス設立。90年東心斎橋にギャラリー兼飲食店「トリコロール」開店。同年ニュージーランドへ移住。93年阿倍野SOHOアートプロジェクトを仕掛ける。他のプロデュース物件に「遠東」「東インド会社」「トリコロール」「MOMA」「Bar,isn't it?」など。2000年ナチュラル&オーガニックレストラン「SOLVIVA」オープン。「ビアン・シュール」「テテ・ア・テテ」「hale hale organic cafe」「韓民酒家HANA」「有機茶寮」「里山カフェ」など展開。opti c@fe心斎橋店のオーガニックカフェ「SOLVIVA CAFE」も手がける。ニュージーランドでぶどう園、滋賀県高島市でSOLVIVA農園を運営。


SOLVIVA>>

「住む」というのは生活そのもの。衣食住と言われるが、食は人間の身体・生命維持に根本的に必要であり、衣服が第2の皮膚とすれば、住まいは「第3の皮膚」。ところが現状はその位置づけからどんどん離れている。

日本は戦後、モノ不足のなかで、とにかく住宅を増やそう、住宅を持つことで豊かさを体現しようとやってきた。そして戦後60年、確かに経済大国にはなったが、果たして先進国かと言うと、「住」に関しては後進国と言わざるを得ない。

つまり、固有の「文化」に根ざした、皮膚としての「住」でなく、グローバルスタンダードといった普遍的な「文明」に現代人は翻弄されている。それは単に和室がなくなったという話ではなく、住むという原点が失われている。

住むということは、個の人生そのものだから、基本的に住み方は標準化するものではない。ところが戦後の平等思想とアメリカ発の豊かさ「文明」に踊らされ、常に隣の豊かさを気にしながら、競って住宅取得に走った。結果、子供に個室を与えたことで子供のコミュニケーション能力が育たなくなったり、遠いところに家を建て家族の時間を持てなくなって家庭崩壊とかいろんなことが起きた。そして今や住宅は需要の1.4倍という供給過剰状態。にもかかわらず未だスクラップ&ビルドを続け、際限のない文明のサイクルに取り込まれている。

今、経済の先行きに閉塞感があり、気づいたら地球が汚れている。そうしたなかで、マスコミではLOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)などが話題になっている。自然素材を使ったりして、ちょっとしたナチュラリスト気分が味わえる新しいライフスタイルというわけだが、スタイルじゃない。住むことの根本に根ざさないままスタイルで追いかけても、所詮一過性。車のモデルチェンジ同様、また次のスタイルということでキリがない。

量は足りた今、質へ戻らないといけない。アスベストやシックハウスなど危険なモノが溢れる世の中で、部分的な手直しはもう限界。自分や家族の安全を守る拠点である住まいは、スタイリッシュとかではなく、第3の皮膚であるという原点に戻って考えるべき。今こそ住まいづくり、まちづくり、国づくりを真剣に考えるときに来ている。

つまり、一極集中をやめないと、国づくりの面でもリスクがあるし、もともと人間が生活して快いと思える都市としての限界は人口30万程度。もっと身近な生活レベルで顔の見えるコミュニケーションができるのは数千人単位だろう。例えば、日本では自分が出したゴミがどうなるか見えてないから、ゴミは増える一方。食べ物にしても年間3000万人分くらいの食事を捨てており、その残飯がまたゴミになって環境破壊を起こしている。小規模コミュニティのなかでシステムを回していれば、ゴミは随分減るはずだ。

日本人の「文化」という観点から、住まいを見直す必要がある。
日本はもともと極めてエコロジーな国だった。紙と木の文化。自然に還るものを使って暮らしてきたし、単位面積当たりの収穫量が麦の何倍もあるコメを主食にしてきた。玄米なら必要な栄養素の相当程度を賄えるわけで、コメと塩と野菜とたまに魚を食べるくらいで十分維持してこれた。そこへ戻れとは言わないが、そういうことをわかって毎日の食事を考えると随分変わる。住まいも同じ。自分たちが何千年と培った文化をわかった上で文明的な生活を取り入れるならいいが、それを放っぽり出して際限のない文明に向かったのが現代だ。

しかしスローライフが言われ、田舎への憧れが都会の人たちに拡がるなか、第3の皮膚としての住まいの原点に還り、自分たちの生活にこだわってみる。2007年には、高度成長の担い手として今の日本をつくってきた団塊の世代が定年を迎える。そのときに彼らが一番身近な衣食住をどう考え、どう実践していけるか。彼らが、未来に向かう新しい日本を構想できれば、大きな潮流になる。

そう思って僕は今、滋賀県高島市で、日本の原風景である里山を修復し、棚田を復活させ、有機農法の農園をつくって、都会の人たちに自給自足の農的生活を体験してもらおうと準備を始めている。

過疎化・高齢化が進む農村では土地はほとんど対価なく借りられる。そこで汗水垂らして土地を耕し、野菜をつくる。都会の生活と180度違う生活を、たとえ1週間でも1カ月でもしてもらえるような村づくり。それはいろんな意味で不便な生活。都会ならスイッチ一つでできることに、かなりの手間がかかる。だけど反面、人間にとって本当に必要なものに出会える。「遊農」「楽農」、農業を遊ぼう、楽しもう。楽しみながら大事なものが手に入る。

僕自身、今までずっと町なかで仕掛け人をやってきたが、都市なんて、みんなが引っ越したら廃墟しか残らない。本来都市は人間が主役で成り立っていたはずなのに、いつの間にか都市という巨大な箱の中で人間が埋没している。だから、現代都市を離れたところから見る。都会の文明生活を当たり前とするのではなく、日本の原風景の里山という場所で、日本人の文化的な原点としての住まいに実際に滞在して、自分が手伝ってできた作物を自分で食べる。自給自足。自給率の高いコミュニティで、第3の皮膚というのをつくってみようと。

大事なことは、ライフスタイルでなく住まいそのもの、自分の人生そのものを考えること。それができる「場」をつくり、体験してもらう。地域の風土と自然が育んだ野菜がいかに美味しいか。その代わり、西洋の高級野菜を食べることを捨てる覚悟がいる。失うものも多いが、これに共感して、都会の競争社会で闘ってきた団塊の世代たちがやってくれば、農村の底上げにもつながる。そういうプロジェクトを来年立ち上げる。

100年前に戻るわけではない。100年前まであった文化が今どこにあるかを一度整理してみる。それを整理するとき、一番身近で一番必要な衣食住から考えれば、あらゆるものが意外と見えてくるのではないか。今までいかに食べ過ぎていたか、あるいはお金は確かに必要だけど、ゲーム感覚で儲けることにどれほどの価値があるのか……。

もはや生まれたときから文明生活に浸かっている人々が増えるなか、我々が風土に根ざした文化を知る最後の世代であるなら、我々終わりの人間が次の始まりの人たちに対し、失われた文化というモノサシを取り戻して示したい。

都会にしがみつきたい人はそうすればいい。僕らは田舎からメッセージを送るだけ。そのうち興味を持つ人が現れ、共感してくれる人がある程度の数になれば、優れた指導者も出てくるだろう。僕らは終わりの人間として最低限できる役割を果たすだけ。誰かが始めないと前には進めない。

都会の文明生活と田舎での文化に根ざした暮らし、それぞれ片方しか知らないといつまで経っても両者はつながらない。でも都会で先進的なことをしている人間が、田舎を体験することで、つないでいくことができる。自分のバランスのためにも、それをやるべきだと思っている。企業も今、CSRに積極的に取り組んでいるようだが、そういう活動を事業として行うことを考えてはどうか。僕自身はそれをまず自ら始める。都会でオーガニックレストランを運営する一方で、高島市で農園を営み、その2つをつなぐ。市民革命というか、市民レベルで実践するための、実験装置になればいいと思っている。■


関連資料

「住むこと」の周辺 関連図書 「住」を読み解く11冊


Columnカテゴリ検索
政治・外交
経済・経営
社会・生活
文化・文明
科学・技術
電力・エネルギー
関西
サイト内全文検索
最近のMain Column


Insight時代を解くキーワード
Copyright (C) 2002-2008 KEPCO THE KANSAI ELECTRIC POWER CO., INC.