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千住 博・日本画家;京都造形芸術大学副学長

2005.05.01
シリーズ・日本人の心
「美はすべてを超える――芸術と日本人の心」

千住 博・日本画家;京都造形芸術大学副学長


せんじゅ ひろし
日本画家;京都造形芸術大学副学長・同大学国際藝術研究センター所長 1958年東京都生まれ。東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒、同大学院博士課程修了。92年からニューヨークを拠点に活動開始、95年「ウォーターフォールズ(滝)」がベネチア・ビエンナーレにて東洋人初の絵画部門優秀賞を受賞。2002年大徳寺聚光院伊東別院の襖絵を、04年羽田空港第2ターミナルビルの天井画「銀河(GALAXY)」を完成させる。画集『フラット・ウォーター』『H.S.千住博』『千住博画集―水の音』『大徳寺聚光院別院襖絵大全』、著書『絵を描く悦び』『美は時を超える』など。

2005年4月17日―5月29日福岡アジア美術館で千住博展を開催中(本誌『講堂』でも紹介)


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私が日本画に出逢ったのは、高校の時。ある展覧会を観に行き、本当に感動してしまった。なんて素晴らしい「絵の具」だろうと。それが日本画の展覧会。絵の具という素材に惹きつけられたことによって、私の中の潜在的に眠っていた何かにスイッチが入った。

そのあと勉強を進めてわかったことは、例えば太古の昔に人々が化粧を始める。天然の岩をすり潰して身体に塗ったり水晶を身につけることで、災いから逃れたり幸せになったり。それが化粧のルーツ。衣服を着ない民族は多いが、化粧はどの民族もする。化粧はコスメティック。語源はコスモス。いわば宇宙と交信するため、人々は化粧をした。で、それを画面に貼り付けたものが日本画。つまり日本画とは、宇宙との交信であり、太古のアニミズム的な記憶にすら言及できるジャンルだ。ところが今、日本画というと、赤富士、舞子、錦鯉とか、すごく矮小化されている。確かにそれも日本画だけど、日本画のほんの一端でしかない。

実は日本画の絵の具は、中国大陸やオーストラリア、北米大陸など全世界から集められている。そこでとれる岩を絵の具に精製する技術は日本独特のものだが、もとの素材は世界から、東西文化の伝播の歴史の中で運ばれてきた。だから「日本画」などという閉鎖的なネーミングにも拘らず、その内容は実にワールドワイド。地球規模の広がりを最初から持っている。

つまり私の考える日本画とは「素材」──岩絵の具を天然の膠で混ぜ、天然の和紙なり天然の板に貼り付けたものだ。しかしそれは決して日本人だけが手に入れた素材ではない。岩絵の具を卵で溶くとテンペラ画、油で溶けば油絵、同じものを漆喰に塗ったものがフレスコ画。要するに何で定着させるかの違いだけ。だから日本画は世界の誰からも身近に感じられ、その魅力は全世界の人に等しく伝わって行く。

では日本的とは何か。それは日本という「風土」に関わるもの。例えば和花を育てることができるのは日本の風土だけ。しかし和花を美しいと思うのは日本人だけじゃなく、世界の誰が見ても美しいと思う。綺麗なものは全てを超えて必ず伝わる。

私は日本人の心はとても大切だと思うが、同時にそれは必ず世界に通じると思っている。日本人にしか通じない日本の心は、日本の心でも何でもない。本当の日本の心は必ず全世界に通じる。よく日本の心とか精神性は高度だから外国の人には理解されないという人がいるが、とんでもない考え違い。人間みな同じ。必ず通じる。人間というレベルで感動する。この人間というレベルに触れることが大前提だ。例えば使いやすい椅子は世界の誰にとっても使いやすい。近代建築の巨匠・グロピウスも、最も優れたデザインは最も無個性なものだ、と言っているように、本当の日本の心は普遍的に世界に通じる。通じないのはレベルが低いからだ。

通じる――それは「こういうことを忘れていた」と思い出させること。かつて人類は同じことをわかっていたはずなのに、社会システムや国家形態、さまざまな理由で忘れてしまった。それがどこかの風土で残り、私たちはそれを味わって楽しんで忘れていた何かに気づき再発見していく。これが文化交流の楽しさ。世界の人に忘れていた何かを思い出させるものを、普遍性があるという。だから日本人の心と同様にイタリア人の心、ドイツ人の心もある。私たちがイタリア芸術などに触れることにより、日本の風土では長らえず忘れていたが、我々のDNAの記憶の中にある何かを思い出す。全く知らないものを突きつけられても、喜びも感動もない。知っていて思い出す感覚が、感動を生む。

日本の風土が生んだ日本人の心。例えば「自然の側に身を置く」制作態度は、四季折々の変化の中に暮らす風土が生み出した日本独特の心。あるいは明と暗、静と動といった「対比でものを見せる」見せ方は日本だけ。世界の人は、その振幅のダイナミズムに生命力を感じ、感動する。とりわけ欧米の人々は、一神教の論理が発達してから二元論での見方から遠ざかり、また個人主義の中で「私は」という捉え方が強調され、対比での見方が弱まっている。しかし日本の対比の美を見ることで、彼らは自分たちがいかに個人主義的な思想に陥っているか、一神教的な考えに呪縛されているかに気づき、新鮮な感動を覚える。

もう一つ、日本の芸術全般を通して言えることは、「華やかさと静けさが同時に存在」していること。例えば活け花。西洋のフラワーアレンジメントは華やかだけど騒々しい。日本の活け花は華やかだけど静か。日本庭園も着物もそう。静けさがどれだけ人を癒すか。西洋は空間恐怖だから、音楽も美術も「埋める」方向で構築する。日本は「省く」。静けさに、音を出すのと同等かそれ以上の価値を置いている。例えば松尾芭蕉の「静けさや岩にしみいる蝉の声」。蝉の声が岩にしみ込むくらい静かだと、静けさを詠うのも日本独特の心。これは西洋の人にも理解される。なぜなら彼らも静けさで心が癒されるから。その意味で国際文化交流とは、他の民族にかつて知っていたが何かの拍子で忘れていたことを思い出させられるか否かにかかっている。

芸術とはイマジネーションとコミュニケーション。別の言い方をすればイマジネーションを使ってコミュニケートするものはみんな芸術。例えば料理。板前さんのイマジネーションで創った寿司を世界の人が美味しいと食べれば、そこにコミュニケーションが成立する。日本料理の真髄は日本人にしかわからないなんてことはない。真髄とは普遍性。日本人にだけわかる味が仮にあったとして、それを世界の人がおいしいと感じないなら、それは高尚というよりマニアックなもの。世界の人に通じるものの方に価値がある。

絵もそう。創り手のイマジネーションでコミュニケートしていくのが芸術なら、人種も民族も時代も国籍も宗教も、全てを超えて伝わる普遍的なものこそ芸術。いかに時代を、民族を超えるか。これが本当に価値のあること。そのためには、日本を捨てることではなく、逆に徹底的に日本を取り込んでいく。そして日本の心を突き詰めたものは必ず世界に通じる。

日本人は四季折々、変化のある風土に恵まれ、身の回りの細々したものにも美意識を持ち、生活文化を洗練させてきた。芸術は使われたときが一番美しい。アートは美術館で見るより家庭に入った方がいい。絵をリビングに飾っただけで家族の会話が生まれる。食器一つを吟味して買い、綺麗だねと話す。綺麗だと感じたイマジネーション。そして対話、コミュニケーションすることで、家族の間に温かい空気が流れる。これが芸術の役割。それが忘れられたのが20世紀。今の信じられない事件事故の数々。こんなことをしたらどうなるんだという想像力が足りないとしか思えない。イマジネーションを教えてくれたのが芸術だったのに、それが家庭からどんどんなくなっている。もっと日常の中に芸術を取り戻す。今こそ「芸術の力」が何より大切な時代ではないか。

私たちはみな同じ人間だ。これが忘れられたのが20世紀。自分と違う考えを認めない。この行き着く先が9.11のテロだった。21世紀に重要なことは、どんな宗教、思想、哲学であれ、どんな国家に所属していようが、私たちはみな同じ人間だということ。そして、混迷を深める21世紀の世界に、どう共存していくかというモデルを示し続けているのが美であり芸術だ。芸術は、綺麗なものとか感動的なシーンを通して、我々はみな同じ人間だということを伝える使命を持って、人類誕生と同時に存在していた。それが20世紀には軽視され、芸術は暇な人の遊びのように思われ、大切な使命を聞く耳を失って久しい。しかし21世紀こそ芸術の役割が重要になる。芸術はコミュニケーションの手段、Peace Making Process、平和をつくる工程だ。だからこそ21世紀、世界で一番必要とされる。そしてそのとき、日本の芸術が燦然と輝き、全世界の人々に忘れていた何かを思い出させる一助となる。そう私は信じている。■


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