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佐藤 寛・アジア経済研究所主任研究員佐藤 寛・アジア経済研究所主任研究員

2004.07.01
「ご縁に応じる--竹藪に見る東洋的関係性モデル」


げんゆう そうきゅう
作家;福聚寺副住職
1956年福島県生まれ。慶応義塾大学中国文学科卒。さまざまな仕事を経験したあと、京都天龍寺専門道場にて修行。87年臨済宗妙心寺派・福聚寺副住職となる。僧職の傍ら、“死の周辺での心の交流”を主題に執筆活動も行い、デビュー作『水の舳先』が芥川賞候補となり、2001年『中陰の花』で同賞受賞。その他の作品『アブラクサスの祭』『化蝶散華』『玄侑宗久 ちょっとイイ人生の作り方』『御開帳綺譚』『アミターバ―無量光明』『まわりみち極楽論』『あの世 この世』『禅的生活』『多生の縁』『釈迦に説法』など。

ホームページ>> http://www.genyusokyu.com/
  http://www.genyu-sokyu.com/

人間関係が希薄になっている。
明治以降、日本は苦労して努力していろいろなことを欧米から学んだ。その一つに「個人主義」があるが、私にはどうも付け焼き刃的な気がしてならない。

欧米人の個人主義、自立への欲求は筋金入りだ。赤ん坊が昼寝から目覚めて泣き出しても、母親は行かない。「ここで行ってはあの子が自立できない」と。

なぜそこまで自立にこだわるのか。勝手に推測させてもらえば、欧米人は昔から家畜を飼っていた。家畜はほとんどが草食動物。いつ肉食動物に襲われるか分からないので、生まれ落ちると24時間以内に自立、つまり独りで立ち上がる。一説によると、「独力で立ち上がるまでの時間×定数=寿命」だそうで、自立が早い動物ほど寿命が短いとか。人間なんて歩き出すまで1年もかかるわけで、生物学的な自立は遅いけど、とにかく欧米人たちは、自立という幻想を家畜=草食動物に学んだのではないか。

一方、日本人は、草食動物というよりタケノコに近い。タケノコは、あっという間に大人になるが、実は根っこが全部、地下茎でつながっている。だから竹藪は枯れるときは一気に枯れる。70年に1度、竹の花が咲くと全滅する。竹は東南アジアから北限が日本あたりという植物で、欧米にはない。

そういうものにとって、自立とは何か。確かにタケノコも、掘り出してしまうと、自分で生きようと、竹の性質を芽生えさせようとする。それがアク。だから切り離されて時間が経つほど、アクが強くなる。だけど地下茎でつながっている限り、自立する必要はない。みんな自立していないけれど、彼らは彼らで一人前。そう考えると、東洋的な関係性のモデルは「竹藪」にあるような気がする。

じゃあ地下茎とは何か。「自立」は、英語でindependent、どこにも寄り掛からないこと。だけど人はみな寄り掛かり合って生きてるし、誰にも迷惑かけないなんて言っても、人は日々殺生せずには生きられないわけで、生きること自体が迷惑。それに「人間」という言葉自体、間柄という意味を持っている。だから日本では昔から、「ご縁」とか「お陰さま」という言葉で他者とのつながり──竹の地下茎のように目に見えない関係性を大切にしてきた。

商売にしても、商いの基本は「見知らぬあの人」を客にできるかどうか。たまたま目の前にいる人も、ここで会ったのは何かの縁、これをご縁におつきあい願いたいというのが、日本ならではの関係性の結び方だった。

ところが商売が順調にいって会社が巨大化すると、欧米風に「アポがなければ会いません」となる。アポイントメントのある人とだけ会うのは、要するに私が立てた目標に向かうということ。私が立てた目標は見える世界のことにしか過ぎない。でも地下茎――ご縁というものがある。計画を立ててそこに向かうのが企業のあり方なら、予想もしなかった利益は生じない。思ってもみなかった儲けは、ご縁がどう転化していくかによって起きる。だからそれは、自信を持って日本型商売の方法にしたっていいと、私は思う。

いわば関係性の中で生きてきたのが日本人。揺り籠の中でさえ独りだった西欧の個人主義なら、晩年も個室で過ごすことができる。だけど日本の老人は、みんなで茶飲み話をして楽しみたい。そろそろ日本も付け焼き刃の個人主義でなく、日本古来の関係性の豊かさに目を向けた方がいい。

とはいえ、人間関係は難しい。六道では、地獄、餓鬼、畜生、修羅と来て、その上の人間(じんかん)と天の違いは、人間関係が悩みの種なのが人間で、喜びの種になるのが天。人間関係が人生を左右するわけだけど、じゃあどうすれば人間関係が上手くいくか。悪くなってから修復するのは大変だから、悪くならないよう予防すればいい。と言っても、儒教の五徳、「仁義礼智信」とか窮屈に考えるのではなく、もっとそれぞれが伸びやかにするための環境をつくる。竹藪のような世界だと考えると、ちゃんと中に陽が差し込むように、バランスをとりながら切り倒す。基本的に人間は「無邪気」でいられたら一番幸せ。だけど無邪気であるための環境は、厳密に、意識的につくらないといけない。

例えばビジネスマンは予定をギュウギュウに入れたがる。でもそうすると、最初の予定が延びたら次の約束に遅れるし、約束に遅れそうだったら、見知らぬおばあさんが事故に遭うのを目の前で見てしまっても助け起こすことさえできない。約束が混んでいると、それを守るには「人でなし」になるしかない。だけどあとに予定を入れなければ、急な相談事にも乗れるし、おばあさんも助けられる。言い換えれば、ご縁に応じることができ、自分自身も無邪気でいられる。

約束は守らなきゃいけないが、守りすぎてもいけない。「約束を絶対に破らない」ということは、ご縁を無視すること。「約束をたまに破ることがある」くらいが、人間として一番信用できる。

約束をこなすだけが人生だとしたら、こんなにつまらないことはない。大体、一旦約束してしまうと、それはみんな「仕事感覚」になる。たとえ気の合う友達同士の飲み会でも、スケジュール帳に書き入れた途端、仕事感覚。あんまり楽しくない。でも「月が綺麗だから今から飲まないか」と誘われたら、これは楽しい。突然すべてを放り出して、というのは純粋に楽しめる。そういう「思ってもみなかった」出来事こそ人生の醍醐味だ。人は思ってもみなかったことで結婚したりするわけで、それはある日突然、前触れもなくやって来る。だから人生を楽しみたいなら、「思ってもみないこと」が入り込めるようにしておかないといけない。約束は「入れない」と意識しないと、どんどん入ってしまう。頑固なくらい、はっきりした意思を持たない限り、無邪気さは守れない。

私の仕事はどんなに予定を立てていても、お葬式が入れば覆る。だったら、縁に従うことを積極的に楽しむ方がいい。思ってもみないことが起きれば、人は誰しも揺らぐ。その揺らぎを楽しむのが「風流」というわけだ。

ご縁に任せると、私が予想していなかった私が出る。それが楽しい。作品も予定どおりの出来ではつまらない。途中から思ってもみなかった方向に筆が走ってしまった方が、面白いものができる。自分の意識の届く範囲なんて、たかが知れている。無意識の世界の方が実は豊かだし、面白い。袖振り合うも多生の縁――前世のいくつもの縁が今、このときの状況をつくっている。ご縁という地下茎を意識したとき、人生はより豊かに、深みを増していくに違いない。■


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