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石川 九楊

2003.11.01
「『競争社会』のあり方──共同性の視点から」

石川 九楊

いしかわ きゅうよう
書家;京都精華大学教授 文字文明研究所所長
1945年福井県生まれ。京都大学法学部卒。著書「書の風景」「書の交響」「書の終焉(サントリー学芸賞)」「書とはどういう芸術か」「筆蝕の構造」「中國書史」「日本書史(毎日出版文化賞)」など。編著書「書の宇宙(全24巻)」「蒼海 副島種臣書」など、作品集に「盃千字文」「しかし」「歎異抄」など。日本文化デザイン賞。

文字文明研究所>> http://www.kyoto-seika.ac.jp/hyogen/bunbun/


競争──「競」は、古代宗教文字の字形で言えば、二人並んで神に誓い祈る形。「争」は杖を引き合う形。いずれも相争う意だ。

日本は今、アメリカ型の優勝劣敗社会に向かおうとしている。多くの敗者と一握りの勝者。リストラという名の解雇──かつて解雇は容易にはできなかったのに、リストラが一つの時代の流れであるかのように進行している。しかし私には、日本人がアメリカ型の苛烈な競争社会を望んでいるとは思いがたい。

そもそもなぜ競争が起きるのか。それは人間の意識が絶えず前へ進もう、変化しようとするからだと思う。例えば仕事に慣れ、目をつぶってもできるほどになると、もはや新鮮な喜びや充足感は味わえず、意識そのものがスポイルされ、嫌気が覆う。人間は同じところに留まらず、常に前進して新たな喜びを得ようとし、みんなが前に出ようとするから、他者との間に「こすれ合い」──競争が起きる。そう考えると、競争は人間にとって必然とも言える。

但し、その競争の目的が問題だ。
自分自身がいくら前に進んでも、それが誰かの役に立たなければ、本当の充足感は得られないではないか。人間社会は他者との共同に成り立っており、家庭や会社、社会といった共同体の中で自分がどういう役割を担えているか、が充足感の根拠になる。人間は独りでは生きていけない。離れ小島に独り、一生贅沢できるだけのものをもらっても、何が楽しい? むしろ自分が何かをすることで誰かの役に立つ。その喜びは、独りで贅沢に暮らすより遙かに大きいはずだ。

目を向けるべきは「共同性」なのに、妙に「個」が強調される。あなたはあなたらしくとか、あなたの考えで生きればいいと言うが、あなたの考えの99%は他人の考え。他人の考えである言葉は、個人に先立って既にある。人間は言葉を覚えることで、生きるスタイルを学んでいく。人間は共同の存在でしかあり得ない。

とすれば、本来の競争社会とは、みんながそれぞれ喜びをもって生活し、仕事をし、今までの自分より一歩でも前に進もうと思いながら生きている者たちの共同体。いわば「人間が主人公」の社会こそ、望ましい競争社会だと思う。

ところが今は「お金が主人公」の社会になっている。個人も企業も、共同体なり社会の中でどういう役割を担うかという価値を見失い、いくら儲けたとか、同業他社と比べて業績がどうかといった比較が、あたかも競争であるかのように錯覚している。その結果、マネーゲーム的な競争に走り、本当に社会に必要な製品づくりも「儲からないから」とやめてしまったりする。

どこか根本的におかしい。企業の人が自社製品は製造過程を知ってるだけに信用できないから使わないとか、農民が自分の米だけは別の田圃でつくるとか囁かれる。そんな社会を我々は望んでいたのか?

それを根本的に考え直す時代が21世紀ではないか。
もちろん状況を変えるには、政策に負う面も大きいが、それ以上に、まず隗より始めよ、だ。一人ひとりがまずは自分の身の回りの領域を豊かにしていくことこそ大事だ。自分たちがどんな社会を欲するかを真剣に考え、仕事のやり方や暮らし方、家族、同僚、友人といった共同体のあり方を、より豊かなものに変えていく。

無益な競争、社会に害をもたらす競争を克服し、本当の意味での共同性、社会の質を高めていくような切磋琢磨の競争ができるようにする。不必要な競争に走ることなく、それぞれの特徴を生かし、各人・各社が共同で成り立つ社会をつくらないといけない。

書の世界では、競争とは自分との闘いだ。つまり自己の作品の質をいかに上げるか、また歴史的にそれはどのような位置を占めるかが問題だ。作品の質は下がってるのに、他人より売れてるからいい、なんて思えない。自分自身の技量を上げていくのが競争の原点であり、芸術はそれを訴えている。

加えて言えば、競争は「他人がすでにやってることはやらない」のが鉄則。表現の世界では、それは模倣、亜流と否定される。ところが今の経済社会では、誰かがやって儲かったと聞くと、みんな右へならえ。人々はどういう社会を欲しているかというニーズに対し、自らのシーズから出発しないといけないのに、やみくもに「ニーズ・オリエンテッド」を振りかざし、シーズのない者まで、今売れてるという目先のニーズに群がって、横並びの同質競争に陥っている。こんな社会が、あるべき競争社会のはずがない。他人のやらない、やれないことをするという表現の世界の鉄則に、学ぶことがあるように思えてならない。■


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