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小島 冨佐江

2003.08.01
「『伝統』への視点 ── 京町家から考える」

小島 冨佐江

こじま ふさえ
京町家再生研究会 理事、事務局長;京町家友の会 事務局長
1956年京都市生まれ。同志社大学文学部卒。祇園祭山鉾町の家に嫁ぎ、山鉾・南観音山のお町内での生活を通して伝統産業の担い手である町衆の力と出会う。92年叔父で詩人の木島始と共に夫の遺稿集「森の精ホテルで」「百足屋町の建築家」を出版。同年より京町家再生研究会事務局長。95年研究者だけでなく職人や町家住人も含めた町家調査を実施。著書「京町家の春夏秋冬」など。


京町家再生研究会>>  http://www.kyomachiya.net/


伏見の商家に生まれ、明治生まれの祖母から「もったいない」とか「きちっと始末して使わんな」と言われて育った私にとって、高度成長期は暮らしの激変期。食卓が豪華になったし、衣類も贅沢になっていった。多分、私たちがかつての暮らし方を覚えてる最後の世代やないか、という気が、すごくしてた。

その後、この町家に嫁ぎ、バブル期を超えた頃、私自身この家をこの先どうするかという選択を迫られた。家を手放す、潰すという選択肢もあったなかで、「住み続ける」ことを選んだのは、この家なら、自分が覚えてる暮らし方で子供を育てることができるかな、と思ってのことだった。

昔の商家は大家族で、家の中にも小さな社会があった。今の家は鍵付きの個室ばかりで、家族のプライベート空間でしかない家が多いけど、こういう町家は、「人が来はるのを拒まない家」。壁で仕切られてなく、部屋を通り抜けて次の部屋へ行く造りの家で、三世代くらい一緒に住んで、よその人も大勢来はる中で、互いに遠慮もするし気も遣う。世代を超えたいろんな人とのつきあい方を家の中で覚えてこそ、一般社会に出られるんやないか。それが親として子供に贈ってやれることやと思う。

町家というのはタウンハウス。京町家は、京都の町なか、洛中にあって商人や職人の仕事場兼住宅として、平安時代の中頃に現れた。職住共存の場として、表通りに面して隣の家と軒を連ねて建っていて、独特の「鰻の寝床」と呼ばれる、間口が狭く奥行きの深い造りは、京の敷地割りがそうなってたから。細長い家の中をオモテから奥まで1本の通り庭が貫き、中庭とか奥にも庭を設けるなど、採光や通風、開放感を出す工夫をしてある。

町家暮らしは手間もかかるけど、それでいいと思う。今のように何もかも合理的なことがええのんかどうか。例えば、夏には「家の衣替え」をしている。葦戸(よしど)や簾を蔵から出して夏のしつらえをする。今のクーラーに比べたら、それはそれは及びもつかへんけど、目で見て涼しいとか触ってひんやりするとか、そよっと流れてくる風で涼をとる。それは蒸し暑い京都の夏を凌ぐための昔の人の知恵やった。そういう日本人の細やかな感性を大事にしてもええんやないかと思っている。

今は人間も衣替えを忘れてる。年中エアコンの中で暮らしてるけど、暑いときは汗もかかなあかんし、寒いときには自分で用心して重ね着することも考えんとあかん。そういう人間の本来的な機能がすごく落ちてるから、ちょっとしたことでも大騒ぎ。人間、辛抱することも自分の中に置いとかなあかん。

それに自分のことだけやなく、家のことを考えるのも大事なこと。この界隈は「聞いて極楽、見て地獄、お粥隠しの長暖簾」――外は綺麗やけど中ではどんな生活をしているか、京都人はケチやからと言われる。そやけど京都人は何かの時にぱーんとお金を出しても、普段はものを大切に、始末して、つましくいうのんが、生き方の鉄則やった。特にこんな昔の家に住むと、維持管理、修理とか、家を自分の暮らしの中に一体化させんとやっていけへん。私たちは家に守ってもらって暮らしてるのに、家を守る気持ちは失せつつある。巷を見ると家族の絆がなくなってる。それを見直すためにも、町家の暮らしを大切にしたい。

京都でも町家はどんどん減ってるけど、住み続けることが、京都の伝統を継承することやと思う。

町なかで暮らす庶民の文化と貴族の文化が融合して、京の伝統産業が出てきた。未だに皇室に納めはる織物屋さんとかがあって、そういうものを見聞きして育つから、庶民の文化も洗練された。町家にしても、京町家は華奢。土台なんかしっかりしたものが入ってるけど、華奢に見せるだけの洗練の技術が育った。密集市街地に建てるので、よその地域の庄屋さんの家みたいに、どーんとした構えの建て方したら、もっさりしてる、と言われる。千年も都やったとこやし、洗練されてきたわけで、受け継ぐべきは大切に受け継ぐ必要がある。

もちろん暮らし勝手や生活様式が変わったので、それにはついていけばいい。京都人って新しもん好きで、珍しもん好き。電気やガスはいち早く使うてる。新しいものを否定する気はないし、耐え忍んでますなんて暮らし方はナンセンス。バランスをとって、暮らしよく住むことで、一軒でも多く町家が遺っていくんなら、それはとても大事なことやと思う。

ただ、町家を遺したいとは思うけど、建物だけ遺すのは意味がない。私たちは文化財を守ろうとしてるんやなくて、普通の町なかの暮らしを継承したいと思うてるわけで、そこに住んで、暮らし続けていかないと、遺るものも遺らへん。だから今、毎月京町家友の会主催で「暮らしの歳時記」という講座を開いてる。お正月、節分、お彼岸、雛祭り、お節句、梅雨どきは庭の話、祇園祭、お盆、お彼岸、お月見、寒くなる頃はお茶の話、12月は年末の掃除。そういうことをやる人が一人でも増えることが、暮らし方の継承につながる。

町家の再生には、個人と企業と行政、それぞれにやることがある。個人は暮らし方の伝統を守ることやし、行政はもっと大枠を考える。建築基準法で町家は「既存不適格」――中心市街地に木造の建物は建てられないという現行法の枠外やけど既にあるから仕方ないという扱いやから、新しい町家は建たない。だから今の町家を遺していけるよう、行政には法律とか大きな仕切をしてほしい。

企業は最も行動力と資金があるところ。バブル期には企業メセナが盛んやったけど、一瞬で終わってしまった。だけど、欧米と同じく、これから日本でも社会貢献はますます大事になる。市民が動き出したとき企業がどう関わるか。多分、今NPOが強いのは、勤務時間も報酬もなく、自分たちがやらなあかん、という問題意識で動いてるから。企業や行政の人たちが、その意識レベルに合わせられるのか。その辺の温度差は大きい。一方、NPOとしては、ボランティアでなく仕事として報酬を得ることを考えられるかどうか。NPOが力をつけてそこまでいけば、行政・企業と足並みが揃うかもしれない。

京都はよそより市民の問題意識が強い。行政の先を走った「町衆」の伝統があるけど、今は町の人の力が落ちてきて、お上に文句を言うだけの行政依存型。私は本来の京都に戻るべきやと思う。町家の再生も、文句を言う前に、もっと私たち自身が、企画力、資金力、行動力をつけて、自力でやった方が、町は健全やと思うてる。■


関連資料

「京町家(小島家)」拝見 関連図書 「京町家」を読み解く12冊


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