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神崎 宣武

2003.04.15
「『観光』への視点──
   ケとハレ、ケハレの旅物語をつくる」

神崎 宣武

かんざき のりたけ
民俗学者;旅の文化研究所所長
1944年岡山県生まれ。武蔵野美術大学在学中より宮本常一に師事して民俗学を学び、以後、国内外の民俗調査・研究に従事。日本民俗学会会員、文化庁文化審議会専門委員など、郷里の岡山県宇佐八幡神社の宮司も務める。著書『盛り場のフォークロア』『物見遊山と日本人』『観光民俗学への旅』『神さま仏さまご先祖さま』『わんちゃ利兵衛の旅』『失われた日本の風景―都市懐旧』『江戸に学ぶ「おとな」の粋』など多数。


旅の文化研究所


日本も関西も大阪も奈良も、さらに小さな地域社会や職場に至るまで、およそ集団社会というものは「癖」を持っている。「集団社会の癖」は文化。つまり遺伝子のようなもので、持続性と独自性がある。だからなぜそんな癖が生まれたかを探っていけば、集団社会を形成した自然環境や歴史環境が見えてくる。

往々にして人は危機的状況に直面すると、事態打開の新しいアイデアや展望を求めるが、天才的な閃きがない限り、新しいアイデアなんて出てこない。むしろ、温故知新――これは「いつか来た道」ではないか、文化史的に同じようなことがあったのではないか、と過去を振り返ることが大事だ。

集団社会の癖を探り、温故知新で現代を読み解くというのが、私の民俗学の基本的なスタンスだが、そういう眼で現代社会を見ると、いま日本は「観光立国」を標榜し、各地域も「観光」をキーワードに多様な取り組みを始めていることに興味がわく。

いったい人はなぜ旅に出るのか。それは「旅欲(たびよく)」があるからだと私は思う。食欲に準じるような強い欲求として、人は旅への欲求──日常生活から離れたいという欲求を持っている。

日常は「ケ」、非日常は「ハレ」。ケが続くと「ケガレ」、気が枯れてしまうので、旅行など非日常的なハレの行為をして、また元の気、「元気」を取り戻す。つまり、ケ→ケガレ→ハレ→ケというわけだが、この循環は実はかつての農村的な行動様式。都市ではもうひとつ「ケハレ」という概念が必要だと思っている。

そもそも都市はハレとケの要素が混在する「ケハレ」の空間。都市化の進んだ現代では、旅も「ケハレ」現象が増えている。例えばめったに出掛けない、かつての農村の人にとって、新幹線に乗ることは緊張と興奮を伴う「ハレ」の行動だった。ところが仕事で新幹線を使う現代人にとっては「ケ」。まあ多少の気分転換はできるから「ケハレ」というわけだ。

ハレの行動様式の中で最もダイナミックなものが、観光の旅だ。宿泊を伴う旅は、祭などに比べ時空間が長く、それだけ気分転換を図りやすい。しかも旅から戻ると「ああやっぱり家が一番」という気にさせてくれる。心身リフレッシュと安住の地の再確認こそ旅の効果。でもしばらくするとまた日常に行き詰まり、「旅欲」が出てくる。ただし帰ることが前提である以上、旅に出る時も「女房の顔を見たくないので」などと本音を言うわけにはいかず、何らかの方便が必要になる。

その方便として「お参り」、寺社詣が使われ出したのが江戸時代だ。当時の庶民は重い年貢に汲々とし、旅どころではなかったと思いがちだが、基盤整備も一段落した江戸中期・元禄以降は年貢も軽くなり、農閑期には出稼ぎという副業収入もあったので、比較的暮らしは楽だった。建前上、旅はご法度でも、天下太平や五穀豊穣、家内安全を願うお参りの旅だと言えば、幕府も藩もこれを許す。だから人々は「お伊勢参り」などの名目で旅に出て、歓楽街で飲み食いしたり、遊郭で遊ぶなど、鎖国体制のもと内需消費拡大にいそしんだ。

江戸期の日本は世界で最も旅行人口が多く、街道には人が溢れていた。伊勢参宮だけで年間100万人以上。当時の日本人口が1500万くらいだから、毎年15〜16人に1人の割合でお伊勢参りをしていた。人口比で見れば今の海外旅行のそれと大差ない。しかも今の海外旅行は7泊8日が標準だが、当時は徒歩だから、江戸から東海道を通って行くと、お伊勢参りは往復50日〜60日の大旅行。いくら交通費が要らないとはいえ、道中の消費は相当なもの。20〜30両はかかったもので、江戸の人にとってはまさに一生に一度のハレのイベントだった。

一方、関西は少し事情が異なる。関西諸都市は江戸のような新興消費都市でなく、歴史ある生活都市。お寺やお宮も近場にたくさんあったから、お参りの旅も「ケハレ」に近い形で、古くから行われていた。象徴的なのが「西国33カ所巡り」。日常ネットワークの中で、ちょっと日常から出て異界を巡る旅、方便を必要としない信仰の巡礼を行っていた。つまり関西人にとって「旅は一生に一度」ではなく、数年に一回程度の、いうなれば式年制。江戸の人が感じたほどのダイナミズムはないにせよ、暮らしの延長上で自然に行っていた。

そんな「ケハレの旅」の名残が、関西の私鉄ネットワークに見られる。関西のほとんどの私鉄は、もともとは「お参り電車」。東京の鉄道が住宅地の拡大に伴って発達した「土木資材運搬電車」だったのとは対照的だ。例えば近鉄なら、生駒鋼索鉄道、長谷鉄道、吉野鉄道、養老鉄道……。阪急なら有馬箕面電気軌道など、みんな寺社へのお参りのため、地元の旦那衆が出資してつくったものだ。お参り電車がこれだけ、しかも地元の民間資本でできた点に、関西の観光旅行の原型がある。

この「お参り電車」の範囲──つまり徒歩で2〜3日で回れる範囲には、それぞれ独自の文化があった。今も各私鉄沿線は、それぞれ匂いが違う。なのに関西は、「関西」という広すぎるまとまり方をしようとしたから、アイデンティティがぼやけてしまった。

関西自身が、ケガレからハレ、ケと戻るため、いま関西はアイデンティティを再構築する必要がある。それには、100年前にタイムスリップして、お参り電車の範囲の物語──生駒物語とか吉野物語、信貴山物語といった小さなコアの物語をもう一度構築するのも一案だ。文化財的な物語でなく、信心とか土産とか癒し効果とか、そういう事柄をつないだ物語。江戸時代の道中記をベースに、このお寺さんはこういう人たちに支えられていたとか、あのお宮さんに参る時、人々はこういう楽しみ方をしたとか……。近代化の過程で薄らいでしまった物語を、歴史的事実を踏み外さない範囲で分かりやすく組み立て直せばいい。

もともと関西は「神さん仏さんご先祖さん」とさん付けで呼ぶくらい、寺社に親近感を持っていた土地柄だ。だからこそ「お参り電車」もあれだけ発達した。そういう自分たちのコアだった神さん仏さん、お宮やお寺を起点に、歩ける範囲で括ってみれば、文化的アイデンティティも明確になる。関西は、それぞれ「癖」の違う、多様な文化圏の連合体だ。今一度、古きをたずねて新しい魅力ある物語をつくることが、関西の新たな旅立ちにつながると考えている。■


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