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2003.03.01
『価値創造経営』への視点──
  Going Back to the Basics

榊原 清則

さかきばら きよのり
慶應義塾大学総合政策学部教授(経営組織論;経営戦略論)
1949年北海道生まれ。電気通信大学経営工学科卒、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学国際問題研究所研究員、ミシガン大学日本研究センター客員教授、一橋大学教授、ロンドン大学ビジネススクール準教授などを経て、96年より現職。企業現場や経営者に直接取材して得た現実的組織論、戦略論を展開。主な著書『企業の自己変革』『企業ドメインの戦略論』『日米企業の経営比較』『美しい企業、醜い企業』など。

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今、企業には独自の「企業価値」を創る努力が求められている。その企業ならではの価値を創り、なおかつ市場に向けて「魅力ある経営」を示さなくてはいけない時代になった。しかし私は、そうした価値創造は「プラスα」の要素であり、多くの日本企業はその前にGoing Back to the Basics、もう一度、経営の基本に立ち返ることが必要だと思う。

人間に喩えれば、一人ひとりの生き方やライフスタイルは多様であってかまわない。だけどそれは、社会の一員である以上、最低限の規律を守り、応分の責任を果たしたうえでの「個性」ではないか。企業も同じ。100%ポケットマネーのワンマンビジネスならともかく、公開市場で不特定多数の投資家の参加を募った株式会社なら、相応の説明責任と最低限の成果を上げる必要がある。

世界的にエクセレントカンパニーは多様だが、失敗事例はワンパターン。必要最低限のボトムラインを満たせないことだ。こういう話をすると、会社は株主だけのものかという反論が返ってくる。確かに企業経営では多様なステークホルダーを視野に入れることが正しいし、また「株主主権」と言われるアメリカにも、ファミリービジネスや非公開の会社は多い。技術開発に注力したい時は非公開、利益が期待できるようになれば公開と、経営のフェーズに合わせて公開・非公開を繰り返している企業もある。要は、公開する限りは株主への責任はあるということだ。

この点、残念ながら日本企業には、ボトムラインすら達成していない会社が多い。あまりに業績が悪すぎ、リターンが低すぎる。例えばROE(自己資本利益率)の平均値を見ても、米国企業の約23%に対して、日本企業は約3%。もちろんアメリカと日本では経営スタイルも違うし、資本市場の性格も、投資家のスタンスも違うが、ここまで差があると、基本的なことをできていないと指摘を受けても仕方ない。

なぜこうなったのか。ある調査によれば、日本企業のROEは1969年をピークに一貫して下がり続けているという。ところが日本は70年代に空前の経済成長を遂げ、その後も海外市場の開拓で成長を続けた。経済全体が右肩上がりだったから、個別企業の経営努力による配当ゲインがなくても、株価上昇によるキャピタルゲインは期待でき、投資合理性が確保できた。経営努力をしないまま市場の恩恵を受け続けたことで、経営の規律が緩んでしまったのだろう。

しかし時代は変わった。黙っていても経済全体が伸びるようなことはもう望めないし、成長産業も限られている。日本は経営者主義の国なので、コーポレートガバナンスというか、第三者のチェックメカニズムは必要なかったが、今こそ企業は自らの努力で必要最低限の成果を上げ、それができなかった場合は責任を問うメカニズムを確立しないといけない。

それを出発点として経営努力を重ねるうちに、日本にも独自の価値を身につけたエクセレントカンパニーが出現するかもしれない。但し、今後の経済情勢を考えると、勝ち組と負け組の差はいっそう広がり、負け組の存続は今以上に難しくなるだろう。現にアメリカでは、企業の平均寿命は年々短くなり、元気のいいのは設立7年目くらいまで。それ以降はどんどん陳腐化し業績も低下。ハイパフォーマーとして長期存続している企業はGEとJohnson & Johnsonの2社だけと言われるほどだ。

私はアメリカのような、優勝劣敗の明確な、新陳代謝の激しい社会を全面的に肯定するつもりはないが、必ずしも悪い社会ではないとも思う。ニュージェネレーションが誕生するためにはオールドセクターの退場は必要だ。生き延びる力のない企業が残るより、勢いのある新しい企業に入れ替わっていく方が社会全体の力も増す。興味深いことにアメリカの場合、覇権を握る会社は次々に変わっても、事業の担い手である「人」は変わっていないことがある。市場価値のあるスターエンジニアは生き残っているのだ。

アメリカにもかつては、日本のような、大組織をベースとする堅固な産業社会の時代があった。こうした社会は失業率も犯罪発生率も低く、安定した素晴らしい社会であることは間違いない。でもアメリカは「そんな時代は過去のノスタルジーだ」と割り切り、組織の永続性を期待するより、個々人で自分のキャリアを守ろうという社会的認識を確立した。

翻って日本は依然大企業体制で、それに代わる担い手の勢力も弱いから、陳腐化したものは切り捨てていこう、という割り切りができない。だから既存企業を存続させる以外に選択肢がなく、社会全体が膠着して、じりじりと「競争力を劣化」させている。

閉塞状態の中で日本企業は設備投資を手控え、現状維持で息を潜めている。もちろん経営には拡大・成長をめざすフェーズと内部固めのフェーズがあり、当面内部固めを優先するとしても、その先どうするかというときに、どうも日本は素朴な量的拡大というか「健全な成長への野心」を口にしにくい感がある。だけど成長をめざさないビジネスは多くの場合健全とは言えないことも事実だ。

GDPは世界第2位だと言っても、GDPなんて単なる到達点。経済の一番のキーワードは「変化率」──どれだけ動きがあるか、スピーディに変化しているかにこそ価値がある。だから中国に行った人はみな、その成長ドライブの大きさと競い合う人々の熱気に圧倒され、「上海病」になって帰ってくる。

今の日本は変化率に乏しいどころか、後退さえしかねない瀬戸際にある。第二次大戦直後、世界一リッチだったアルゼンチンは50年かけて窮乏化し、経済は今や破綻寸前。そこから「日本=アルゼンチン論」まで飛び出す状況だ。これを打開するため、個々の企業は、これまでのような「フォローの風」を夢見るのでなく、自らの自己責任で価値を高めていくしかない。

それにはまず第一にボトムラインを達成すること、日常的な情報発信を通じて説明責任を果たしていくこと、そして「健全な成長への野心」を持ってチャレンジを続けることだ。

日本は確かに世界に誇る経済大国になったが、実用性を超える価値創造を実現したメイド・イン・ジャパンのビジネス例は決して多くない。プラスαの企業価値を創っていくのはこれからの課題だ。新しいソニー、新しいホンダを創っていかねばならない。■


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