Insight時代を解くキーワード Presented by 関西電力
| HOME | このサイトについて | メルマガサンプル | 談話室 | 配信申込・解除 | お問い合わせ・ご意見 |
関西電力HPへ
Main Column Break Close up エナジー News Clip 関西電力 講堂(イベント/セミナー)
 

Main Column
 

2003.01.01
『国家』への視点──
  日本的価値の再構築に向けて

佐伯 啓思

さえき けいし
京都大学大学院人間・環境学研究科教授(社会経済学)
1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程修了。滋賀大学教授などを経て現職。政治、文化、宗教など幅広い見識で市場経済や大衆社会を分析、文明批評も展開。著書『国家についての考察』『現代日本のイデオロギー―グローバリズムと国家意識』『現代日本のリベラリズム』『アメリカニズムの終焉』『欲望と資本主義』『隠された思考』など。


21世紀も3年目を迎えたが、この国はまだ大転換期のただなかにいる。

90年代はアメリカがグローバルな市場経済を国家戦略として演出し、他の国は、それに巻き込まれないよう、自国のスタンスを再構築した時代だった。ヨーロッパは、一国ではアメリカに対抗できないとEUをつくり、アジアではマレーシアのようにアメリカと事実上断絶する国もあれば、韓国のように反米感情を巧く利用し、結束を固めて経済を立て直す国もあった。ところが、そうしたなかで、為すすべもなく力を落としていったのが、日本だった。

なぜ日本が凋落したのか。1つは、アメリカが先導したグローバリズムに対する国家戦略を持つことができなかったからだ。グローバル時代に国家は必要ない、という声が随分多く、それに流された感がある。

2つ目に、世界の趨勢も見誤った。90年代は経済がグローバル化する一方で、民族主義や国家アイデンティティが再発掘された時代。それをハンチントンは「文明の衝突」と称したが、日本の知識人は真面目に採り上げず、現に世界各地で起きていた「文明の衝突」的な出来事についても、2001年の9.11までほとんど論じられなかった。

3番目に、日本の特殊性として、戦後日本はあまりにもアメリカ依存が強すぎ、自国文化をほとんど考えてこなかったことがある。冷戦時のアメリカ依存型の外交方針や防衛戦略を、冷戦後も見直すことができず、自分たちの手で領土や生命、財産を守るという精神すら欠いてしまった。

ところが、近年の東アジアの政情不安や9.11テロにより、遅ればせながら日本も「国家」や「国益」について考えざるを得ない状況になった。世界に対し日本の国益をどう主張するのか、国防をどうするか。あるいは高度成長型が破綻した後の経済システムをどうするか──これを考えることは、すなわち「国家」を考え直すこと。日本はようやくその大転換期を迎えている。

ただ残念ながら日本では、「国家」の定義さえ曖昧だ。英語ではNationは国民、Stateは統治システムだが、日本人が国家を語る時、それがNationなのかStateか、人によって違う。その点をまず明確にしないと議論にならない。

NationとStateはどちらも重要だが、特にこれからはState、統治システムが重要になる。グローバル化が進めば進むほど、国家戦略を持たない国はどんどん流され、国民生活自体を守れなくなってしまうからだ。必要なのは、対外交渉や外国への情報発信、国内の秩序維持、危機管理などに指導力を発揮できる強いState。財政規模ばかり肥大した「大きい政府」は要らないが、「強い政府」の役割は高まっていくと思う。

とはいっても、強いStateが好き勝手に振る舞っていいわけではない。Stateの行動は国民、つまりNationの了解を前提にすべきであり、その了解事項こそが、ナショナル・アイデンティティである。

問題は日本が今、このアイデンティティを見失い、精神的な自信喪失に陥っていることだ。戦後日本はアメリカが持ち込んだ自由と民主主義を掲げてきたが、これは必ずしも国民的価値にはなっていない。もっと我々の日常の中に、協調する精神とか人の考えを忖度するとか__そういうものがあったのに、それに対し確信が持てなくなっている。自由と民主主義は1つのシステムであるが、その背後にある人間の精神、エートスに目が向けられていない。

どんな社会にも底流に流れているエートスがある。そもそも日本文化の特質は、外来文化を採り入れながら、日本的なものを失わず、巧く総合して新しいものを創り出すダイナミズムにある。そうして創り出したものが、次の時代の新しい日本流になって残ってゆく。

日本の場合、「武士道」がそうだ。武士道を形づくっているのは単一の思想や宗教ではない。仏教的な無常観、儒教的な忠勤・忠孝の精神、神道的な自然観や美意識。多様なものが融合し、いわば宗教の代用品のような形で日常の中に埋め込まれ、生活習慣や人間関係、ものの考え方、感じ方に影響を与えている。

そういうものは、いくら外国文化が流入しても簡単には消えない。失ったのではなく見えなくなっているだけで、みんな気にはなっている。現に仏教関係の本は今も売れているし、サブカルチャーとしてオカルトや陰陽師が流行ったりする。だから何が入ってきてもかまわない。日本社会の底流に流れているものを見つめ直し、融合させることで新しいものを創り出す。

今後日本は、グローバリズムの中でどういう国を創るのか。移民国家で世界のリーダーであるアメリカや、新興の大国・中国と異なり、日本は、成熟経済のなかで高齢化と人口減少へと向かっている。こんな国は他にない。これほど経済が大きくなった後で人口が減少した国はなかった。だから日本は、アメリカでも中国でもない、新しいタイプの社会を創る。

それは一つのシステムを設計することであり、壮大な実験だ。市場に任せておけばいいものではなく、強いリーダーシップのもとで政府がビジョンを描き誘導することが重要になる。そのビジョンに日本的アイデンティティや文化が絡み、軸になる。日本ならではの自然や風土から、日本人としての生き方と死に方の哲学、いわば死生観などを見直さざるを得なくなり、我々の思考の中に「日本的なもの」が還ってくる。

今の日本人には、神(超越性)に対する関心も、国家への義務感もない。最近は家族や企業への義務感もなくなりつつある。教育は意志やモラルや義務感を教えることはできなくなっている。これを立て直すのは難しい。何年か、規範の崩壊や秩序の崩壊感が続いた後に、少しずつ、元に戻るようになるのではないか。一人ひとりがもう一度、自分の神を、家族を、仕事を、仲間を、国家を見つけ、誇りと自信を取り戻す。そういうアイデンティティへの回帰が、今後大きなうねりになることを願っている。■


関連資料

「日本人の国民性」の周辺 関連図書 「国家」を読み解く11冊


Columnカテゴリ検索
政治・外交
経済・経営
社会・生活
文化・文明
科学・技術
電力・エネルギー
関西
サイト内全文検索
最近のMain Column


Insight時代を解くキーワード
Copyright (C) 2002-2008 KEPCO THE KANSAI ELECTRIC POWER CO., INC.