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2002.12.01
『コンプライアンス』への視点──
  攻めのリスク管理戦略

畑中 鐵丸

はたなか てつまる
弁護士;中島・宮本・畑中法律事務所パートナー(国際商事紛争;企業法務)
1968年大阪府生まれ。東京大学法学部卒、ペンシルベニア大学法科大学院法学修士課程修了。東京大学在学中に司法試験に合格。卒業後、新日本製鉄に勤務、のち96年弁護士登録。99年ニューヨーク州司法試験に合格し、Kirkland&Ellis法律事務所に勤務。帰国後、中島・宮本・畑中法律事務所パートナー。「民暴事件・手形金回収から、国際的M&Aまで」扱う、“企業法務の総合商社”、が売り文句のマルチタイプの国際弁護士。著書「アメリカ式戦略的コンプライアンス経営」(弘文堂)など。

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相次ぐ企業不祥事のなかで「コンプライアンス」(法令遵守)が経営のキーワードになっている。しかし私が違和感を覚えるのは、「コンプライアンス経営」が「倫理綱領の策定」と同義となっている点であり、「性善説に立ってみんないい子になりましょう、と道徳教育・修身教育をするような、倫理の問題」だと思っている企業が実に多いことだ。倫理の問題であれば、何も我々弁護士をはじめとする法律専門家の出番ではない。極端な話、坊主を呼んできて説教を聞かせれば済む話だ。

私のアプローチは全く違う。企業におけるコンプライアンスとは、「性悪説」に立脚し、企業内プレイヤー(役員・従業員等)の属人的なモラルに依存することのない、不祥事予防のシステム構築である。経済活動を行う上で、何らかの不祥事は不可避だという前提に立つ。有能な人の中には、みんなが1取ってくるなかで、7取って4抜いてしまうような、モラルのない人間が少なからずいる。元気のいいベンチャーや売上が急増している企業など、会社の勢いが増してくると、優秀でかつ善意とは言えない人間が出てくるし、逆にこういうタイプのプレイヤーが企業成長のキーマンとなる。コンプライアンス経営とは、この「有能だがモラルのかけらもない人間こそが、企業成長の原動力である」という前提に立ちつつ、「そういうプレイヤーが手を染めがちな企業不祥事を少なくする」という観点から、合理的に構築された経営体制でなければならない。

そこでは倫理綱領や倫理規定はあまり意味がない。道徳教育・修身教育は簡単だからどの企業もやろうとするが、だからといって、不祥事はなくならない。最近某信販会社の総会屋との関わりが話題になったが、当該会社は「コンプライアンス委員会」のような一種の道徳・倫理を企業に浸透させるような組織が存在していたものの、全く機能していなかった。リコール隠しで問題になった某自動車メーカーは、当該事件が発覚する数年前に総会屋との交際が発覚し、「総懺悔」の上「確実に機能するコンプライアンス体制」なるものを構築した、と胸を張っていたが、結局「再犯」の形でリコール隠しという別の不祥事が発生した。結局、この種の「倫理」的アプローチは、利益を極限にまで追及する組織である株式会社には全く無力である。コンプライアンスが「法律問題」でなく「倫理・道徳問題」として考えられている限り、企業体質は永遠に変わらず、同種同類の不祥事が何度も発生し、当該不祥事が個人の問題ではなく企業そのものに内在する問題として捉えられ、どんどん企業価値を損ねることになる。

不祥事を効果的に予防し、企業の永続性を保障するような真のコンプライアンス経営を行いたいなら、「法的強制力を持つルール」をつくるべきである。現状では、ほとんどの企業が法的効果を伴わない倫理規程やマニュアル(手順書)をつくり、これを配るだけである。そもそもこれらの法的意義は不明であるし、定期・不定期の教育・研修や監査も行うこともなく、違反の場合の制裁も不明確である。何か起きても、単に「マニュアルがあったのですが、この違反がありました」というだけでは、実効性がない。無論、この程度のおざなりの対応では担当取締役としては善管注意義務を尽くしたことにはならず、免責もされない。きちんと法的強制力を持つものをつくることが1点。

2点目に、どんなに倫理教育をしても不祥事は必ず起きるという前提に立てば、会社として必要なものは、「どんな不祥事が起こっても、予防に最善を尽くした旨きっちり弁解して免責されるような材料」である。ルール化されたコンプライアンスプログラムがあり、かつ教育の履歴があり監査もしていたことをドキュメントの形で揃えておく。そうやって、「ルールないしマニュアル」と「オペレーション」の乖離がないこと(あるいは会社として乖離がないように、合理的努力を尽くしていたこと)をいつでも示せるようにしておけば、万一、不祥事が起きたとき、会社としては弁解が容易。どこまでが会社の責任で、どこからが個人の責任かを言いやすくなる。

3点目は「有事対策」。整備された法令遵守体制をかいくぐり、守られるべきルールが特定個人の暴走によって侵された場合の対策を考えておく。企業を取り巻くステークホルダーは、株主、取引先、顧客、行政、マスコミ、社会一般まで幅広い。不祥事が発生した場合、想像以上に多角的な対応を求められるが、ただ単に謝ればいいというものではない。万全のコンプライアンス体制を整備しており、当該不祥事が会社の管理を離れた個人としての責に帰すべきものであれば、その事情をきちんと説明すべきだし、調査中の不確定事項を不用意に口にすると決定事項のように扱われ、後の訴訟戦略や官庁対応において手足を縛られることになる。その意味では、法務と広報の連携は不可欠である。とりわけ広報は会社の都合だけでなく社会的視点も含め情報発信すべきだ。放っておくとどんどん増殖する「噂話」を収拾させ、かつ会社として主張すべき事実なり考えを積極的に伝達させるという情報管理もしないといけない。また調査にしても、方向性もないまま素人判断で探偵もどきの調査を長時間かけてやることは無意味だ。専門家の協力を得て、法務戦略あるいは広報戦略を策定する上で求められる調査のゴールと範囲を決めてから、当該目的達成に必要最小限かつ合理的な調査を短時間で遂行していかなければならない。

国家レベルで有事立法がいまだ成立をみないように、日本は何につけても有事のシステムづくりは下手である。企業経営でも、有事対策を効果的・組織的に整備している日本企業はほとんどない。こういう状況があるから、「不祥事が起きてもまともに対応できない」という形で危機管理無能力が露呈し、当初の不祥事に加えて二次トラブルが発生し、企業価値はさらなる低下を余儀なくされる。実際、腐ったミルクを販売したことに加え、社長が「俺も寝ていないんだ」などと逆ギレして当該不祥事対応能力の欠落をも曝け出し、「不祥事の発生」+「危機管理能力の欠如」という二段階で企業価値を下げてしまった企業も記憶に新しい。

日本企業のリスク認識・リスク管理の甘さは今に始まったことではない。今まで日本は終身雇用制をとっていたので、会社と個人は「一体感のあるインフォーマルな村社会的関係」であったし、遵法経営の中身も、「法三章」や「モーゼの十戒」程度の簡単な倫理綱領でも良かった。しかし、雇用が流動化して、企業組織内において牧歌的な村社会が消滅した状況では、社内ルールの構築のあり方も、もっとドライな雇用関係を前提としたものでなければならない。それを怠ってきたツケが、昨今の不祥事の多さに現れている。しかも90年代の不祥事は総会屋絡み、いわば株主を騙すことだったが、今の不祥事は消費者を騙すという危機的状況にある。貧すれば鈍す。「不況下で生き残るには、多少のルール違反はやむを得ない」という雰囲気もあるが、それだからこそ、遵法経営は生き残りにとって不可欠となる。

今こそ不祥事は不可避だという前提で、法的強制力を持つルールにより不祥事を予防することが必要である。さらに、仮に不祥事が起きても、「対岸の火事」といって済まされるように「企業の不祥事予防のための合理的努力の痕跡」を明確に示せるような体制整備を平時から整備する必要がある。

もちろんすぐに完璧なものをつくるのは難しい。グローバル企業が確立しているようなハイレベルのコンプライアンス体制をいきなり構築せよというのは、偏差値20の人にいきなり東大に入れというようなものであり、徐々に進めていかなければならない。Step1として、法務は経営の重要ファクターという認識を持つ。顧問弁護士なども事後処理でなく予防で使うよう発想を変える。基本的にビジネスパーソンはうまくいっているシナリオを考えがちだけど、むしろリスクシミュレーションが重要であり、この発想を企業活動のあらゆる側面に浸透させる必要がある。Step2は、予防のためのルールづくりである。これはルールの保護法益たる「リスクの特定」から始める。会社経営で修羅場をくぐっていれば、誰しも危ない経験を持っている。そういう「負の遺産」を検証・蓄積することで、会社固有のリスクを特定する。業界によって規制が違うので、そういったものも検証しながらリスクを特定する。そのうえで、「リスクの顕在化を防ぐ」ということを保護法益として、ルールづくりを行っていき、またつくったルールも法改正や他社の不祥事の事例を取り込んで、不断にチューンアップしていかなくてはいけない。

企業経営においては、リスクとチャンスは表裏一体。コンプライアンスというと経営のブレーキになる印象があるが、必ずしもそうとはいえない。リスクを恐れて何もしないのではなく、避けるべきリスクをきちんと避け、避けなくてもいいリスクに潜むビジネスチャンスを確実にモノにする。このように前向きにかつ戦略的にリスクとつきあう経営手法が現に存在するし、実際グローバル企業などはそのような手法を採用して成功している。無論、何から何まで海外の事例を真似する必要はないが、日本企業も大いに参考にすべき点があるはずであり、こういう経営スタイルを日本流にアレンジして取り込んでいけば、日本企業ももっともっと活力を取り戻すと思われる。日本企業がリスクに果敢に挑み、戦略的に、賢く、コンプライアンス経営を展開することを期待したい。■


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