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2002.08.15
『地球環境問題』への視点──
  解決の糸口をどこに見出すか?

佐倉 統

さくら おさむ
東京大学大学院情報学環助教授(進化生物学)
1960年東京都生まれ。東京大学文学部心理学科卒、京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。三菱生命科学研究所特別研究員、横浜国立大学経営学部助教授などを経て、2000年より現職。主な著書「現代思想としての環境問題」「遺伝子 vs ミーム」「進化論という考え方」「進化論の挑戦」「生命をめぐる冒険」「生命の見方」「わたしたちはどこから来てどこへ行くのか?」「進化論という考えかた」など。

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サルやチンパンジーの生態を研究しているぼくが、常々気になっていたのは、環境問題の議論には「生き物としての人間」という視点が欠けていることだ。

人間の活動が自然生態系の枠内に収まっていた間は、そんなことを考えなくても良かったが、これだけ地球規模で移動やエネルギー消費、食糧の消費が起きてくると、やはり生き物としての枠、もっと根源的な部分で人間の存在って何なんだと考えないと、有効な対策はとれない。

そんなことから考えると、人間と他の生き物の大きな違いは、他の生き物が「遺伝子」という形で情報を次の世代へ伝えるのに対し、人間は「文化」という形でも伝えること。寒い場所に住む動物は皮下脂肪が厚くなるように、生き物は長い時間をかけて遺伝情報を変え、環境に適応していくのに、人間は寒いと暖房を入れ、暑いとクーラーを使う。遺伝情報は変えずに人工物を生み出すことで生息域を増やし、移動範囲を広げて、とうとう月まで行ってしまった。

こうした人工物は「脳」が創り出したものだけど、脳はもともと、遺伝子が環境に適応して生き残るためのツール。遺伝子は変化に何万年もの時間がかかるので、短期間で適応するため、脳という「出先機関」を創り出したわけだ。ところがその出先機関がどんどん大きくなり、自ら意思決定をするようになった。環境問題の出現は、まさにこの時点で予言されたと言っていい。

なぜなら、脳が行う意思決定は、遺伝子の利益と必ずしも一致しない。例えば甘いものや脂っこいものは、少量でたくさんカロリーを摂れる効率のいい食糧だ。だから人間の味覚は、それらを好むよう進化した。そこまでは良かったが、脳はやがて、品種改良した甘い果物や霜降り肉、さらには砂糖タップリのお菓子といった人工物を生産し始めた。となると簡単に手に入るから、食べ過ぎて虫歯になったり、肥満や生活習慣病が増えてくる。脳のつくった人工物が適応過剰の状態となり、生き物としての人間にはマイナスの状況が現れたわけだ。これが遺伝子(生命)とミーム(文化;文化情報の自己複製子)のギャップ。環境問題は、その最たるものだ。

つまり人間の欲望が脳を通じて人工物を創り、環境問題を生んだわけだけど、その解決が難しいのは、現象が大き過ぎて、脳が直観的に理解できるキャパシティを超えてる点だ。もともと脳は個体としての人間が巧く活動できるよう進化した器官だから、時間ではせいぜい数十年〜百年、距離も数キロ〜数十キロ程度の現象を精密に理解するようにチューンアップされている。だから「地球規模」となると、全体構造を直観的に把握できない。そういう脳自体の問題に加え、さらに環境問題には国家や法律という、これまた脳が生んだ「人工物」も絡む。京都議定書がぎくしゃくしてるのも、国家や企業の利害が絡むから。いま環境対策で先んじている北欧諸国は人口が500万人前後、案外それくらいが人間という生き物にとっての共同体の適正規模なのかもしれない。問題は複合化し、ギャップは拡大する一方だ。

それならいっそ昔に戻れといっても、実際問題そんなことはできないし、またそうすることにぼくは反対。ギャップを生んだ原因は人間の欲望や好奇心。それを捨てると、先のない社会になるし、何より人間としての本質を否定することになる。

そうでなく、欲望ミームで生じる歪みを、別のミームで抑えていく。甘いものの食べ過ぎは身体に悪いという知識を与えたり、甘みは変わらずカロリーが少ない食品を開発するのと同じように、環境対策にしても、人間の活動を制限するのではなく、エネルギー効率の良い機械を開発したり環境教育を徹底するなど、遺伝子と欲望ミームのギャップを埋める「もう一つのミーム」を生み出せばいい。

実はもう一つのミームの種は既に蒔かれている。だってもう半世紀も前から、「このまま行くと危ないゾ」と、専門家は警鐘を鳴らしているんだから。なのに日本ではまだそれが、巧く政策に反映されていない。もちろん環境対策と称していろいろ手は打たれている。だけどそれが本当に科学的な事実や知見に基づいたものかどうか。まだまだ政策レベルの意思決定はイデオロギー的なものに依拠している部分が大きい気がしてならない。

特に気になるのは、これだけ世の中でゲノムや脳に関心が集まっているのに、中学の生物の教科書から遺伝子と進化が削除されたこと。場当たり的でない環境対策には、生き物としての人間の特徴を踏まえた考察が大事で、遺伝子や進化について義務教育段階できちんと教える必要があるにもかかわらず、だ。

日本がまずやるべきは、既に蒔かれたミームの種を普及・定着させる「しくみ」づくりの部分。それが教育であり政策だ。些細なことだけど、近頃の学生にはゴミの分別やリサイクルをおこなったり、あるいは環境に配慮した企業を就職先に選ぶことは常識になっている。短い時間で人の意識は変わるものだ。だからしくみさえつくれば、初めは文句が出ても、動き出す。そして物心つく頃から「それが当たり前」の世代になれば定着する。「一人ひとりができること」というボトムアップも大事だが、同時にトップダウンの「しくみ」づくりも必要だ。

もとより日本には、キリスト教文明圏のように人間が自然を征服するという発想はなく、自然と一体になって共存しようという独自の自然観──いわばもう一つのミームを育てる土壌が既にある。だからこそ環境問題が手詰まり状態のこの世界で、早急にもう一つのミームを、政策や教育というしくみを通じて世界中に普及・定着させる役割が日本にはある、とぼくは思う。■


関連資料

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