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「黒部ダム あの破砕帯から50年」

2007.06.15
関西電力黒四管理事務所の村上正育所長



関西電力黒四管理事務所
所長 村上正育

秘境黒部──北アルプスの立山連峰と、後立山連峰に挟まれた黒部峡谷は、日本屈指の多雨豪雪地帯であり、しかも急峻な河川であるため、古くから水力発電の適地と言われながら、人を寄せ付けない地形がダム建設を阻んできた。これに果敢に挑み、着工後最大の危機となった関電トンネルでの「大破砕帯」との遭遇と突破。あれからちょうど50年、破砕帯とは? 突破への挑戦はどう行われたのか?──関西電力黒四管理事務所の村上正育所長に訊いた。

――くろよん開発の背景は?  //////////
くろよん(黒部ダム/黒部川第四発電所)建設に着工したのは1956年。戦後の電力再編で関西電力が発足したのが1951年だから、僅か5年後の着工だ。経済がどんどん復興に向かい、「電力不足」が深刻化したなかでの決断だが、会社発足後間もない時期に、よくもこのような凄い決断ができたものだというのが、まず私の思いだ。というのも、難工事が予想される人跡未踏の地にダムを造るわけで、工事費用にしても資本金の数倍という膨大な金額。電力不足の解消は喫緊の課題だったにせよ、とてつもない決断である。

――実際、建設工事は困難を極めたと聞くが?  //////////
立山連峰と後立山連峰に挟まれた峡谷にダムを造るわけだから、まず必要なのが、ダム建設に必要な物資や資材の搬送ルートの確保。富山県の立山側と長野県の大町側、両方から準備工事に入るが、大町側からは関電トンネルが貫通するまで、一切の資材の搬送はできない。そのため、ある時期まではすべて立山越えに頼らざるを得なかった。3000m級の山を越えて資材を運ぶ。ヘリコプターの利用も考えたようだが、気流が悪く、とても運べない。結局ほとんど人力に頼らざるを得ず、ボッカ(歩荷)さんが荷物を背負って山を越え、あとはソリで運ぶという状況だった。

破砕帯に遭遇
破砕帯に遭遇

――関電トンネルの方は?  //////////
全長5.4kmの関電トンネルは、1956年10月に本坑掘削を開始し、当初、1年で抜く予定だった。ところが57年5月、大町側から2.6km掘り進んだ地点で「破砕帯」に遭遇してしまい、工事は予想外の困難を極め、通常なら10日で抜ける距離に7カ月を要した。

――破砕帯とは?  //////////
岩盤の中で岩が細かく砕け、その隙間に地下水を大量に含んだ軟弱な地層のことだ。だから掘っても掘っても天井から崩れ、前へ進めない状態。地下水は4℃と冷たく、それが毎秒660リットルもの勢いで降ってくる。毎秒660リットルというのは、水道の蛇口をほんの一瞬ひねるだけでパッと浴槽がいっぱいになるような量。まるで凍えそうに冷たい滝の中に入って仕事をするような凄まじい状況で、手がつけられない。破砕帯に遭遇したあと、上空からヘリコプターで地層を調べたところ、なんと破砕帯は80mもあったことがわかった。

黒部ダム
黒部ダム
建設中の黒部ダム

――破砕帯突破に向けてどのような対策を実施した?  //////////
土砂崩壊と湧水をくい止めるため、コンクリートを注入して固めながら掘ろうとしたが、大量の水が入ってくるのでムリ。そこで、まず水を他の方向へ逃がそうと、10本の水抜き用のトンネルを掘った。そして徐々に湧水の量が減少していったなかで薬液を注入したうえでセメントを流し込み、岩盤を補強しながら掘り進めた。こうして7カ月かけて、ようやく破砕帯を突破することができたわけだが、当時、地元の方々が、「黒部のトンネルが大変なことになっている、何とか助けて欲しい」と、率先して神社へお詣りに行っておられたということだ。まさに工事の凄まじさを物語っていると思う。

――関西電力では「黒四スピリッツ」ということが言われるが?  //////////
くろよん開発は、あの有名な映画『黒部の太陽』にも描かれたほどの「世紀の大事業」。破砕帯に遭遇して、トンネルが抜けず灯りが見えない状況のなかで、現場全体が暗いムードに包まれたとき、当時の太田垣社長が黒部に出向き、周りが危ないからと止めるのを一喝して、悪戦苦闘しているトンネル奥の現場にまで足を運んだことで、沈鬱な現場の雰囲気が一転して変わり、みんな使命感に燃えたそうだ。一方、太田垣社長は大阪へ戻り、再度役員を集めて「やるんだ」という意志を伝えたことから、「紙一枚、鉛筆一本、黒部に手を貸そう」という全社的な運動が起こり、それがまた現場に伝わり、やり抜く力になった。「黒四スピリッツ」──それは全社一丸となって物事に突き進む結束力。関西電力は他企業に羨ましがられるほどの、高い結束力という企業文化を、このとき育んだ。

――そうして完成した黒部ダムは?  //////////
1963年6月、7年の歳月と当時の金額で513億円という巨費、延べ1千万人の労働力を費やして完成した黒部ダムは、貯水量約2億トン、高さ186m、日本最大のアーチ式ドーム型ダムだ。ダム堤の中には、点検や巡視用に総延長数キロの通路が通り、またダム外側にはダムの観光放流を監視できるキャットウォークを設けている。

――今年は破砕帯突破50年、抱負は?  //////////
破砕帯突破は映画になるほどの凄まじい苦闘。その現場がここにある。私自身、当時を知っているわけではない。しかし、いろいろな方の話を聞き、これは伝え続けるべきだと強く思った。だから今年、50年という大きな節目の年を迎え、我々も何とかそれを伝えたい。通常、ダム建設は華やかだが、トンネル工事は話題の一つにもならない。お客さまもダムを見に来られる。だけどトンネルが貫通したからこそダムがある。先人たちが1年7カ月かけて貫通させた関電トンネルを、今、トロリーバスでは16分で抜ける。トンネル内でブルーの蛍光灯照明が光る箇所が、かの破砕帯の場所。通過はほんの一瞬だが、この破砕帯突破に賭けた先人たちの努力と偉業を少しでもわかってもらえたら──そう思い、破砕帯突破50周年の今年、特別展示を黒部ダム駅で行う。ぜひここへ来て、50年前にタイムスリップして感じて欲しい。黒四スピリッツ、関西電力の心の原点がここにあるのだから。 ■


黒部ダムオフィシャルサイト>> http://www.kurobe-dam.com/



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