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内田 樹
内田 樹

うちだ たつる 神戸女学院大学文学部総合文化学科教授(フランス現代思想、映画論、武道論)
1950年東京都生まれ。東京大学文学部卒、東京都立大学大学院人文科学研究科仏文学専攻博士課程中退。東京都立大学助手、神戸女学院大学助教授を経て、教授。著書「ためらいの倫理学」「『おじさん』的思考」「寝ながら学べる構造主義」「大人は愉しい─メル友おじさん交換日記」「レヴィナスと愛の現象学」など。合気道6段。

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■おじさん的常識(4)
「葬儀について」

2003.02.15

最近、葬式を近親者だけで営む「密葬」が増えている。
儀式ばったことは止めて、ほんとうに親しい人間だけに囲まれて、静かに冥土に旅立ちたいという死者の気持ちは分からないではない。しかし、私は何によらず、「近親者だけで営む」というスタイルがあまり好きではない。そこに私の嫌いな「核家族」の閉鎖性を感じとってしまうからである。

家族のひとりひとりは、家庭以外のところでは、他の家族成員が見たことのない「顔」を持っている。企業でも地域社会でも学校でも、私たちは家庭では決して見せることのないような種類の「顔」を人に向けている。
それぞれの場には、その「顔」を基礎に人間関係が築かれており、友情があり、愛憎があり、競争があり、裏切りがあり……さまざまな「物語」が展開している。

「近親者だけの密葬」というのは、この「外向きの顔」は一顧だにしないということである。その「外向きの顔」においてしかその人を知らない人間は、その人の「ほんとうの顔」を知らないのだから弔う資格がないので、葬式にはご遠慮願いたい、ということである。

私はこういう考え方はどうかと思う。
いったいいかなる根拠において、「家庭人としての顔」が「ほんとうの顔」で、「職業人としての顔」や「公共的場面における顔」が「いつわりの顔」であると断言できるのであるか。

私自身は公的な場面では、攻撃的で、批評的で、エネルギッシュで利己的な人間である。家庭にあるときは、温和で、妥協的で、献身的な人間である。
そのどちらがお前の「ほんとうの顔」なのか、と詰め寄られても困る。
どちらも「私の顔」であり、どちらかと言えば、「公的な顔」の方が、フィット感が高い。

人が死んで、葬儀をするというのは、故人の生の意味について「決算報告」をして、棺の蓋をするということである。だから、弔うというのは、端的に言えば、死者の事績を「列挙すること」である。故人のあらゆる人間的活動をできるだけ網羅的に記述し、それによって呪鎮すること、それがその語の本来の意味における葬儀なのである。

だから、弔いの儀礼には理想的には、故人が生前袖擦り合ったすべての人が参集するべきであると私は考えている。
「故人は、実は戦前上海でスパイ活動に従事しており、コードネームはコンドル」とか「故人は、実は筆名でアヴァンギャルドな現代詩を書いていました」というような近親者も知らなかった「聞いてビックリ」の話が披露されるのが、ほんらいの葬儀の意義なのである。

私は先般父の葬儀を出した。そのとき、近親者だけの密葬で、という案もあったが、結局、定型的な葬儀をした。
告別式の日に、私たち家族の誰もが顔を知らない老人たちが何人も焼香に来た。合掌して涙ぐんでいる人もいた。父と同年輩と思しきその老人たちと父のあいだにどんな「歴史」があったのか、近親者は誰も知らない。でも、父がその人たちと過ごした歳月はその方たちに弔ってもらう他になかっただろうと私は思う。■



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